Project と Product

rebuild.fm 98にて、プロジェクトマネージャーとプロダクトマネージャーにフォーカスを当てて話していた。

それを聞いていて疑問に感じたのは、なぜ日本ではこんなにもプロジェクト偏重型なのだろうかということ。自分の偏った視野で少し考えてみたのでそれを書いてみることにする。

その前に。プロジェクトという言葉は、有期、つまり何らかの期限がある業務とされている(PMBOK)。一方、プロダクトというのはサービスを行う基礎となるハードウェアとソフトウェアのことを指すので、その業務はプロダクトがあり続ける限りずっとということになる。

WEBは業務効率化だったり、本業のブランディングのために作られることが多い。日本では、そういう技術者(ここにはエンジニアだけじゃなく、WEB特有の事情を知っているプロデューサーやデザイナーも含むことにしておく)を自分たちで雇うのではなく、外部の集団に発注するということが多いのではないかと思う。なぜそうなったのかはわからないけど、おそらく経済のルール的にそうなったのではないかと思う。(ちなみに海外ではどうなのかは知らない)

それ故に、たとえば、発注側の担当者がWEBに疎く、社内事情に引っ張られる形で、受注側へ過度な依頼をしてしまうという話はよく聞く話だ。

発注というのは、たとえば「3ヶ月後にこういうものを持ってきてね」という話になる。つまりそれ自体がプロジェクトなのだ。この3ヶ月後に持っていくためにうまいことやる人、つまり受注側の責任者こそが、プロジェクトマネージャーというロールになるのではないか。

一方、この関係でプロダクトについて詳しく知っている人は、発注側にいるはずである。ただし、それが発注担当者であるかは分からない。場合によってはその上長ということもあるかもしれない。

アジャイル開発が「顧客を巻き込め」というのは、それはつまり、プロダクトマネージャーと一緒に仕事しようということである。(もっと過激に解釈するとその向こうにいるユーザーと、ということでもあるけれども)そして、Scrumでは近い存在としてプロダクトオーナーと呼ばれるロールが存在する。(ScrumではManagerという言葉を意図的になくしている)

プロダクトの内製化を果たしたチームが、小さくて細かいリリースを続けていくようになった末に、プロジェクトという概念を捨てることがある。

Kent BeckのExtreme programmingには、プロダクトマネージャーとプロジェクトマネージャーの両方が紹介されているが、アジャイル開発、そしてリーンスタートアップの末路にあるのは、プロジェクトではないプロダクトへのコミットと、プロジェクトという概念の破棄かもしれない。

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