“Common Lisp と人工知能プログラミング” を読んでいるのと”人工知能”という言葉への違和感

AIというと骸骨ロボットが人類を抹殺しに来ると連想してしまうのは、AIなる言葉が悪いのでは?

今年はCommon Lispに関する日本語で書かれた本が2冊も出版されました。まず今年始めには技術評論社から「はじめてのLisp関数型プログラミング 五味 弘 (著)」こちらは買って読んだものの、例題が高度、というか数学好きが好む例題ばかりで、数学ではなくプログラミング言語を学びたい私はついて行けませんでした。

そしてAmazonに告知されるわけでもなく、私は著者のブログを定期的に半年以上覗いていたので知ったのですが、ようやく「Common Lisp と人工知能プログラミング 上巻」が発売になりました。こちらは紙の本ではなく電子本で、PayPalにより決済をすると本書のWordPressサイトへのアカウントが通知され、そこで本のファイルをダウンロードするという仕組み。

折からの第三次人工知能ブームにより、またCommon Lispに注目が集まっているのでしょうか?私も人工知能について知らないからこそ学習したいと思っているのですが今度のブームはGoogleなりが用意したAIライブラリ/サービスをPythonあたりから呼び出して使うのが主流であり、その出力結果として出された数字から何らかの知見を得るには高度な数学知識の背景が必要…というのでは私の手におえません。もっとプリミティブで、自分で何かしらのロジックを組む、ぐらいのものが欲しいのです。そこでCommon Lispにより古典的なものを習得したいものだけど、元ジェット推進研究所で現Google研究部門のボスをしている方の入門書が読める気がしない私にとっては藁をもつかむ思いです。(Amazonへのリンクですが本の画像が違います)

さて“Common Lisp と人工知能プログラミング”本の内容はというと、これは教科書です。文章を解説する口調といい、練習問題に対する答えが示されていなかったり…。頭の良くない子供であった私は、本屋へ行って教科書の練習問題の答えが書かれた学習参考書を買っていたのですが、果たして答えの示されない練習問題の正解は何か?どのように勉強すれば良かったのでしょうか?私は今、本書の再帰の章で練習問題に頭を悩ませているのですが、「入力がXXで出力がYYになる関数を作成せよ」と言われて、中途半端にCommon Lisp本を読んだことのある私はmapcarやloopを使って練習問題をやっつけてしまおうかとも思いましたが、これって再帰の練習にはなりませんよね。私はScheme手習いを(途中まで)読んだのですから、大丈夫です。あれで再帰を叩き込まれた筈ですから。とはいってもツリーの縦方向の再帰は分からなかった。

さて本書の上巻でCommon Lispの言語に慣れてもらい、人工知能プログラミングについては今後発刊予定の下巻で解説するそうです。それまでは練習問題で頭を抱えて待っていましょう。

ザナック。プレイヤーの技量により敵の攻撃が変化する”AI”搭載

1980年代、ファミコンのシューティングゲームにザナックというものがあり、ウリは「AI搭載」でした。単にプレイヤーの動きを見て弾の数を調節してるような自称AIでしたが、この言葉からも1980年代のAIブームがわかろうというものです。そして30年が経ちましたが、第三次AIブームも、傍から見ると訳も分からずAI, AIと叫んでいるのは変わっておらず、AIが何であるかという理解がこの30年間でまったく進んでいない印象を受けます。

私の今の認識で人工知能を説明すると、コンピューターは1+1=2のような、正解か不正解かはっきりする問題は得意だが、「この写真の男は誰か?」といった100%正解を保証できない問題を解くことが困難で、「この写真の男(というか画像ファイルのある特定領域のピクセルの集合)が75.234534%の確率で用意された正解の人物(という名のピクセルの集合)と似ている」と答えなければならない領域で人工知能技術は有用であり、現在はスマートフォンを通じた音声、画像認識で人工知能技術が広く利用されるに至った。
こんなところでしょうか?しかし大多数の人々はこのような説明では満足できず、フランケンシュタインの怪物を生み出すように、人工的に新たな自我を持った生物を創造しようとしているのでは?と疑っているフシがあると思っています。

この間も職場の後ろの島から「ソフトウェアの設定ファイルの書き換えなんてそのうち人工知能が…」という声が聞こえてきましたが、ソフトウェア開発を生業にしている人物ですらこの程度の認識なのです。畢竟、技術に疎い人達は人工知能という言葉から
知能→知性→自我→核戦争→骸骨ロボットが人類抹殺
と連想してしまいそうで、その理由はやはりArtificial Intelligenceなる言葉が悪いと思っています。Siriからターミネーターに至る、途中の階段をすべて飛ばして考えてしまっているのです。

骸骨ロボットを作る前に人類がしなければならないのは、二分木探索のアルゴリズムを自分で実装することでしょう。そこから「自我」までの何と遠いことか、プログラミングというのが何か魔術のように見えてしまう人達には一緒くたに考えてしまうのです。

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