Should と Must の交差点

Hiroshi Takeuchi
23 min readMar 14, 2016

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by elle luna

これはある2つの道 — ShouldとMustについてのお話です。今までShouldを選択してきた人たちにとっては何ヶ月、何年ものあいだ、または人生を通してShouldは激励の言葉でした。そして今こそがMustの道を歩むチャンスだと思うのです。

人生には2つの道があります。1本はShould(したほうがよい)で、もう1本はMust(夢のためにしなければならない)です。私たちはこの2つの道の交差点に幾度となく辿り着きます。そしていつも私たちは選択を迫られます。

ここ数年、私は何度もMustを選択しています。そしてそのせいで私は身動きができなくなったり、あるときは目の前が真っ暗になりました。それでも私はShouldではなくMustを選び続けてきました。これは私がその経験から得た3つのことについてのお話です。ShouldからMustへジャンプしようとしているすべての人たちのためのお話です。胸の奥深くに秘めているエネルギーに従いたい、でもどうすればよいかわからない人たちのためのお話です。

Shouldとは周りの人たちが私たちにどういう振る舞いをして欲しいか、ということ…つまり物事をどのように考えるべきか、何を発言すべきか、何をするべきか、あるいは何をするべきでないか、ということです。私たちの背中にはたくさんの人たちの期待が乗っているのです。Shouldを選べば物事はスムーズに運び、リスクは最小限に抑えられます。

Mustはそうではありません…私たちには選択肢はなく、選ぶことさえできません。

Mustとはつまり私たちが誰で、何を信じるかということです。私たちが独りの時、自分に対して最も誠実で信頼できる自分自身しかいない時に何をするか、ということです。Mustとは私たちの本能であり、渇望であり、切望です。私たちが熱くなれる物事であり、場所であり、アイデアです。私たちの奥深くから膨れ上がってくる直感です。Mustとは周りの人たちの理想に沿うことをやめて、自分自身と繋がるようにすることです。何故ならMustを選んだときに、私たちはもう周りのインスピレーションを探してはいない…代わりに自分自身の中にある、きらきらと輝いた、神秘的な場所からの声に耳を傾けているのです。

Mustとはヴァン・ゴッホが周りからの賞賛を得ていないことも気にせずに生涯絵を描いていた理由です。Mustとはモーツァルトがドン・ジョヴァンニを演奏し、コルトレーンが「醜い」と批評を浴びていたにも関わらず新しい音を追求し続けていた理由です。Mustとはある弁護士が30代の頃に、何十もの出版社に断られるような小説を3年間もかけて書き続けた理由です。彼は自分の内なる声を遵守し、最後には出版社から「yes」をもらうことができた。それこそがジョン・グリシャムが有名作家になれた理由です。

私はMailboxで働いていた頃に、仕事、キャリア、そして天職に関するステファン・セグメイスターのTEDトークを目にしました。

彼はその違いについて語り、私は私が持っているのは仕事/キャリア/天職のどれなんだろうと疑問に思うようになりました。同時期に私はまたピカソについての伝記を読んでいました。

その中でアリアナ・ハフィントンは、彼女がピカソの生き方から感じた喜びについて説明しています。

彼の人生について新たな発見をするたび、彼の芸術を追求するたび、さらにその2つが一つに収束していきました。「芸術とは芸術家としての自分を表現するものではなく、人間としての自分を表現するものだ。」とピカソは言っていました。しかし彼の芸術は非常に自叙伝的なものであり、彼の作品は彼がどのような人間であったかを物語っていました。

ピカソの人生は、彼の作品と一体となっています。それは闘牛と砂浜と酒が混ぜ合わさった巨大な渦巻きです。そして私たちは彼の人生をそのように表現することができました。なぜならピカソのキャンバスの一つを見るという行為は彼の魂を覗き込む行為とまさしく同じであるからです。そしてこれこそが私たちの生活、私たちの本質が一つとなった時に起こることなのです。それは私たちの仕事や肩書が意味を成さなくなる瞬間です。何故なら仕事に行かなくなるということは…つまり私たちこそが仕事になるということだからです。

そして、これの経験は私を大きな仮説へと導きました。もし仮に…

もし私たちの人間性とやっていることが同一のものとなったらどうなるのでしょう?私たちの作品が私たちを語るものであり、製品と私たちを切り離すことができないとしたら?もし私たちの仕事が、キャリアであり天職だとしたら?

そしてこの考えに至った瞬間、私の頭は爆発寸前になりました。

Mustを選択するということが素晴らしい響きを持っていると思いませんか?Mustとは自分の中の満ち溢れた才能を見つけ、それを作品という形で世界に提供することなのです。

でももしMustを選ぶことが素晴らしいことだとしたら、何故私たちは毎日そうしないのでしょう?

Mustを選ぶということは、怖くて、険しい、見下ろすことができないくらい恐ろしく高い崖から飛び降りるようなものです。

一年前に私はそれから遭遇するたくさんのうちの最初の崖から飛び降りました…芸術活動に専念するためにMailboxでの夢の仕事から離れたのです。

Section 01

Mustを選択することは宇宙にさざ波を起こす。

それは最初は遥か彼方から聞こえるささやき声でした。

私のMustへ通じる道は白い​​部屋を繰り返し想像することから始ました。

コンクリートのフロア、白い壁、そしてフロアに敷かれたマットレス。いつもそこから始まります。そして私はこの部屋にほぼ毎晩訪れているように思います。ある日、ある友達がある質問を投げかけ、それによって私の道筋が永遠に変わってしまいました…「実在の世界で夢を追いかけたことはある?」私はそんなこと考えたこともありませんでした。でもその後、ある疑問が私の頭から離れなくなりました。

もし現実で夢を追いかけることを決心したとして、どこへ向かえばよいのでしょう?

クレイグリスト(訳注:世界最大の地域情報コミュニティサイト)だ、と私は思いました。

ある日賃貸マンションの小さな写真をスキャンしながら私は馬鹿馬鹿しい気持ちになりました。でもその直後、私は見たのです。白い部屋を。コンピュータの画面上に — 私の夢 — 小さな72 x 72ピクセルの画像のなかに本当に白い部屋が現れたのです。

そんな風にして、私の旅は始まりました。

テキサスで育ち、私はcalled(神の呼び声が聞こえる、天職を持つ)ということについてなんとなくわかった気持ちでいました…そんな経験したこともないのに、ただその壮大な語感だけでなんとなくアイデアを持っていました。モーセは私のお気に入りの話です。何故ならモーセは私たちが選ぶ、何千もの人々を約束の地へと導く最後の人間となるだろうからです。彼は物静かな人間でした…吃り癖があり、けれども彼は神に導かれていました。

「あなたの至福に従いなさい、そうすれば以前は存在しなかった場所に扉が現れるでしょう。」と哲学者ジョセフ・キャンベルは書いています。しかし最近ある人が私にこう訪ねてきました。「でも神の呼び声が聞こえなかったら?」「神の呼び声を聞きたいと思っているのに聞けなかったら?どうすればいい?」

そのとき、2つのアイデアが頭に浮かびました。

Mailboxでは、私たちはAmazonが採用していた有名な”未来のプレスリリース”という習慣を採用していました。そう、私たちは存在しない製品に関する本物のプレスリリースを書いていたのです— 私たちがこの世界に存在してほしいと思う製品のプレスリリースです。私たちはもし私たちの野心的な夢が現実になった時に起こりうることを想像していました。そんな製品を雑誌のページに貼り付けてコーヒーテーブルの上に置いていたこともあります。私たちのほとんどが、自分たちの製品や会社について想像するというかなりおかしなことをやっていました。しかし実際に現実世界に持ち出すことをしていた人間はその中でもほんの少ししかいませんでした。

ロズ・サベジは壮大な人生を歩んでいるロンドン在住の経営コンサルタントです。テーブルに座り2つのバージョンの彼女に関する死亡記事を書いた時、彼女は33歳でした。

「1つめのバージョンは私がこうありたいと思う人生でした。私が読んでいて楽しいと思う死亡記事でした。憧れの人々や、最高の生き方を知っている人々、」と彼女は言いました。「2つめのバージョンは型にはまった、普通の、快適な人生を送った私の死亡記事でした。2つの死亡記事の違いに私ははっとさせられました。明らかに私は何かを変える必要があったのです…はっきりしている物事が少しだけあると感じていました。しかしまるで私は新しい工具を持っているけど切るべき木が見当たらない木工職人のようでした。私には何か大きな計画が必要だった…だから私は大西洋を船で漕いで渡ることにしたのです。」

とある日のMailbox、2013年2月7日木曜日の午前8時、私たちは初めてシャンパンのボトルでお祝いをしました。9ヶ月間の成果であるiPhoneアプリが世界にリリースされる瞬間を目にするために、私たち13人全員が目を見開き、モニターを凝視していました。部屋にいる最高のメンバーたちを見渡し、ダウンロード数がリアルタイムで増えている見て、私はこの瞬間が私の人生のハイライトの一つであると知りました。でも心の奥底では、はたしてこの瞬間が私のあの夢の白い部屋に必要か、疑問に思わずにはいられませんでした。

Section 02

Mustを選択していくには度々自分の信念を切り離す必要がある。

もし崖の端の先をじっと見つめていたなら、恐怖を感じるでしょう。

Mustを選択すると、目の前に恐ろしい大きな、しばしば簡単な答えなんてない問題に直面します。以下の3つは私が今までに耳にした最も恐ろしい3つの恐怖と、それらを向き合うかについての話です。

1. お金

お金はMustを探索する自由への架け橋です。そして多くの場合、そんなに大金は必要としません。しかしそれには決断が必要です。Mustを選択すると、生活の中ではお金は日に日に費やされ…そしていつかお金は底をつくかもしれません。あるいはMustを選択しなければ、お金はスウェットやスーツや車の購入に費やされるかもしれません…その場合は価格が明確だし、リスクも低いでしょう。

もちろん理想は自分の愛することを見つけ、それにすべてを捧げ、そしてそこからお金を得ることです。絶えずShouldではなくMustを選ぶ人はどうすればうまくいくかを発見し、一度飛躍したなら彼らは愛することでお金を稼ぐということはそれまで思っていたよりも簡単であるということに気づくのです。

2. 時間

天職を見つけるということは、今の仕事を辞める必要がある、ということではありません。そして独房のない遥か彼方の魔法の国へ行くには、後戻りできないチケットを予約する必要がある、ということでもありません。その両方を実践した私から言えることは、小さなバッグに荷物を入れて、みんなにさようならと言って、取り消しボタンを押すのは簡単なことだということです。しかしその後に戻ってくることは冷酷なまでに難しいことです。

以前よりも油断のならない険しい道をずっと続かせるには、今直面している現実の中で毎日何かを変えていけば良いのです。これは廃絶の道ではなく、より良き道です。シェリル・サンドバーグを例にすると、世界的ベストセラー本になるまでの数年間、彼女の著書Lean inは小さいけれどもどんどん成長していく彼女のハートそのものでした…同時期に彼女は世界最大の企業の経営者であり、2児の母親でもありました。Mustを縫い合わせて現実世界を編んでいくということはつまり他の人たちとチームとなって、小さな機会を共同でデザインしていくということです。考えるためのひとりの静かな時間なんて無視して、完遂することです。それは今日では、つまり個人の真実に敬意を評するために、たとえ小さなことでも何かを完遂することなのです。

しかし一方でお金とスケジュールが、殆どの場合に、チャレンジできない理由にされています…私が思うに、そんなときの本当の理由はもっと奥底にある、もっと恐ろしい何かなのではないでしょうか。

3. 失敗した時の恐怖

Mustは私たちの内側の奥深くからやって来る、私たちを呼ぶ美しい真実です。一方でShouldは私たちの外側からやって来る、Mustと等しく重要でパワフルな場所です。Shouldは私たちがホームと呼ぶ場所から、愛する人々から、私たちが造った世界 — 私たちが定義する人々、場所、そして物事からやってきます。

トレードオフ:2つの相反する物事からMustを選ばなければいけない状況

崖の端に立ち、下を凝視し、セイレーンが歌う — この場所で私たちは見捨てられ、失敗し、恥をかく可能性に恐怖を感じます。そしてこれこそがまさに、 何も書かれていない、何も保証されていない、そしてあらゆる可能性を秘めた壮大で未知で変化の耐えない場所を避けるために、私たちがチャレンジしないと決断する瞬間なのです。

紙に1から10まで数字を左端に書き、一番上に”私の恐れていること”とタイトルを書いてみましょう。あなたの書く最悪のシナリオリストです。あなたに”失敗したら周りが私のことを笑うに違いない”と思わせるもののリストだ。このリストに最も怖いと思うものを10分間で書いて下さい。

それでは初めてみよましょう。

1行ずつ、ゆっくりと考えながら書いてみて下さい。彼らは本当にあなたを笑うでしょうか?そう思いますか?笑われたらあなたはどのように感じますか?今度は1行ずつすべての項目について考えてみましょう。失敗したら本当にあなたはホームレスになるのでしょうか?本当にそんな大金が必要でしょうか?これはあなたのトレードオフのリストで、あなたの行く手を阻む最も大きな障害のリストです。

「人生の中で最も重要な日は、生まれた日と、疑問に思っていたことの理由がわかった日だ。」 — マーク・トゥエイン

Section 03

Mustの選択は日々の習慣であり、繰り返される選択である。

昨日Shouldを選択したから、今日はMustを選択する、という話ではありません。そして今日Mustを選択したから、明日もShouldに戻らない、という話でもありません。

私が夢からいつもの白い部屋に戻ってきた頃にはすっかり日が暮れていました。その部屋は何もなくて、真っ白で、そして新しさと始まりのシンボルでした。部屋を見回すと、私は「今まで何をやっていたんだろう?何故ここにいるんだろう?」と思いました。そして私の耳にはっきりと「壁に何か描くんだ」という声が聞こえました。

時が経ち、私は以前に比べShouldよりもMustを選ぶ自分に気がつきました。更に時が経ち、Mustを選択し続けることで今まで想像できなかった世界への扉が次々と開いていきました。ここで私が日々の習慣のなかで継続的にMustを選ぶのに役立った3つの資質を教えましょう。

1. 一人の時間、孤独

多くの場合、Mustへの道に再び戻ってくるためにはただひたすら走れば良いというわけではありません。

「最高のアイデアは一人でいる時に浮かぶ。最悪のアイデアは騒々しい中で浮かぶ」 — トーマス・エジソン

この内向きの一人旅は時とともに様々な呼び方をされてきました— 神話の中では迷宮、深淵、森、あるいは夜の旅と呼んでいました。文化的には放浪、理想の追求、または巡礼の旅などと呼ばれています。テック業界では最近はベン・ホロウィッツによって”闘争”と呼ばれています。

孤独の追求とは、バリで独りでAirbnbで見つけた水田に囲まれた三辺の壁がない家で、6週間携帯電話もメールもない生活で自分自身を見出した方法です。

私はその新しい家を”壁のない家”と呼んでいました。その家はヤシの木に囲まれ、ジャスミンの香りが漂い、私のいた数週間の間に驚くほどのヤモリやカエルや人間が来ては去っていきました — 彼らを止めるためのルールも壁もありませんでした。外側と内側が一体となった場所に住むことを、そこに来るまで私はずっと夢見ていました。

6週間、”壁のない家”の中で、私はゆっくりと、ひっそりと、穏やかに過ごし、自分自身の奥深くに潜っていきました。ヤシの木の下で、夜空の下で、様々な月の位相の下で夢を見ました。

2. フォーカス

”壁のない家”の中で私はいつも月を見てうっとりしていました。ある日1人のバリ人の友達が面白半分で私の2つの絵を織物にすることにしました。

「退屈と静かな人生の孤独が創造力を刺激する」 — アルベルト・アインシュタイン

そこから早送りすること数ヶ月後…私はサンフランシスコに戻りそれら美しく精巧な織物をどうにかできないかと考えていました。そんなある日見たハンドペインティングによる衣服の染めのプロセスがとても美しく、またそのプロセスが私の絵画技法にとても近いものを感じました。私はこの2つの技法を融合してもっと大きなスケールに適用したいと思いました。そして私はニューヨークに行き、Airbnbで見つけた部屋に腰を下ろし、2週間後に解決策を見つけました。

私の友人の1人がかつてマグライトの焦点とビームを比較したことがありました— もしマグライトの焦点を合わせなければ、光はすべての方向を照らします。その光は明るいけど、眩しすぎて見えなくなります。

もしマグライトの焦点を合わせて光を収束させると、光はレーザビームとなります。集約さた強い光となるのです。

3. 他者を招き入れる

IDEO(訳注:アメリカの国際的デザイン会社)の元社員として、人間中心デザインの力を信じる人間として、私も、この内向きの旅がどのように外の世界と繋がるのか疑問に思い始めて、心配に思い始めてさえいます。そして私が見つけたものはこういうことです:

  • あなたにとってのMustを選ぶ。そしてそのMustに結びつくすべての欲望、切望、願望に従う(最初は変だと思うかもしれませn)。
  • 膨大な量の仕事をこなす — でも仕事の中身は批評はしない。とにかくこなす、完璧でなくてもよい。
  • もし行き詰まってしまったら、計画を見直す。それでも行き詰まったら、破棄する。それでも行き詰まったら…その日の仕事は切り上げて、熱いシャワーを浴びる。
  • 異なる種類の活動が繋がり始めたら、注意を払う!
  • 新しいアイデアが形になったら、自分のものにする。機会が増えだしたら、飛びつく。そしてプロトタイプを作り、知っている人全員に売り込む。そして彼らからフィードバックを取り入れる。繰り返す。
  • 仕事についてじっくり考えるために、毎日1人になる時間を確保する。

ニューヨークにいた2週間のあいだ、私は知る限りのたくさんの才能ある最高の女性達にメールを送りました…彼女らからまとめて私の作品をレビューしてもらい、私のこの全力疾走の終わりとしてフィードバックを得るためです。そう私は私の仕事に他者を招き入れる必要があったのです…そのことに突然気づきました。私は自分が今何を、何故それをやっているのか理解するまで、その必要性に気づくこともありませんでした。

「魂は自身を同志で取り囲み、そしてさらに大きな自己を認識するか、あるいは孤独を理解する。」 — ラルフ・ワルド・エマーソン

とある女性から非常に貴重なフィードバックを頂き、それが作品の更なる深い理解に繋がりました。それがきっかけとり、私は翌週にバリに戻りました。例外的にこの時は200ヤードの原反(製品になる前の生地)は使わないことにしました。染め専門のアーティストを招き入れ、私たちは月の位相からインスピレーションを得た限定版の手染め織物を100反作成しました。そしてこの織物をBulan Projectの第1弾作品として売り出したところ、2週間後には完売してしまいました。

Photo by Michael O’Neal

Section 04

Mustを選択する人たち。

”誰であるか”と”何をするか”が一つの同じものになった時、私たちはMustの道を歩んでいるのです。Mustを選択した時、私たちの作品は私たち自身となるのです。それこそが作品の幹の部分です。何かを作れるからではなく、それがMustであるから何かを作る…それが2,3年で使い捨てられる製品と、様々な世代を支えている、生きる力を与える運動との違いなのです。

Mustを選択することはインダストリアルデザイナーであるデビッド・ピアースの腕の長さを測るように描かれた定規のタトゥーです。何故なら彼の作品と彼の肉体は一つであり同じものだからです。

Mustを選択することはチャールズとレイ・イームズのような関係です。彼らは彼らの人生すべてを二人でデザインし、彼らの暮らしすべてをデザインに関するものに変えました。

Mustを選択することはスティーブ・ジョブズのようなものです。彼はジョニー・アイブを1人の同僚としてでもクリエイティブなパートナーとしてでもなく、”精神的なパートーナー”と呼んでいました。

もしあなたが自分は特別だと信じていて、今がチャンスだと感じたなら、今日から小さな形で構いません、あなたの内なる声に敬意を表して下さい。

もしあなたがあなたの夢と現実との距離を理解していて、お腹の結び目から何か大切なものが抜け落ちそうなのを感じたら、今日からその結び目をしっかりと締めるために1つ何かを初めてみましょう。

もし崖の端に立って向こうを見ていて、でもジャンプすることに躊躇しているのなら、今日からもう少し自分を掘り下げて、自分の足を止めているものが何なのか理解してみましょう。

人生の中で繰り返し選択を迫られ、選択は2つの道の交差点で起ります。私たちは何度もこの交差点を訪れます。そして今日、あなたは選択を始めます。

Shouldの道、Couldの道、ある日の道、そしていつかの道はこれまで穏健の中で使われてきた、そしてこれからはあなたのMustの道へ繋がっていく。

2015年5月18日

親愛なる Medium コミュニティの皆さんへ

私たちはオンライン上で様々な物事を共有しています。毎日。いつでも。でも2014年4月8日に、私がエッセイを書き終えて”publish”ボタンを押したあとに何が起こるかなんて想像もできませんでした…あなたが今ちょうど読み終わったこのエッセイのことです。数週間のうちに、このエッセイは500万回以上もツイートされ、25万人の人々に読まれました。

そこから好奇心を掻き立てられインスピレーションを受けた私は、このエッセイを本にしようと決めました。この世界は最高にクールなおかげで、本は Workman Publishing から2015年4月8日に出版されました…エッセイが投稿された日からちょうど一年後のことです。

Mediumはオンライン上で読み書きをする場所としては最も美しい場所です。でもこの経験のあとから、Mediumは作品を共有する場所としても最もパワフルな場所であることがわかりました。もしあなたが何かアイデアを持っているなら、Mediumで共有してください。あなたは知らないでしょう — ただ知らないだけなのです — 外の世界に誰かがいて、その人があなたの作品をずっと待っているのだということを。

この本(洋書)はアマゾンバーンズ&ノーブル、あなたの地元の書店アーバンアウトフィッターズ、そしてもし頻繁に空港に足を運ぶ人なら世界中の多くのハドソンニュースストアで購入可能です。

このエッセイに書き綴られた言葉たちがあなたのもとへと、どうにかなんとか、素晴らしいタイミングで届いたことに恐縮ながら大変感謝しています。あなたがこの荒々しくも不思議な旅の一部となってくれたことに感謝しています。とある旅仲間からあなたへ。あなたの成功を祈願します。

Elle Luna

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Hiroshi Takeuchi

Medium Japanでボランティア翻訳をしていました (現在は違います) 。ここに書いてある記事はすべて当時に翻訳された記事です。私個人の見解または創作物ではありません。引き続き公開はしますが、質問または訂正リクエスト等は受け付けません。ご了承ください。