完璧主義が丁寧さを殺す

心を亡くすと書いて、忙しいと読む。そう考えると、丁寧さと忙しさは相反をするものなのかもしれない。心を込めるということは、他者への想像性を要することであるから、多少なりとも自分への余裕が必要だ。自分のことに精一杯になっている時、他者のことを考えるのは難しい。

この前、地元の町を歩いている時、みつけた一冊の本を読んだ。その本屋は、週末2日間、12:00から17:00までしか空いていない、木の匂いがする本屋だ。本を買うのが好き、というだけではなく、本を売るのが好きなんですといっているのがとても印象的だった。

そこで買った一冊の本。それがこの本だった。

「暮らしも両方あるのがいい。雑な暮らしを続けていければ、心が荒んでしまうし、毎日が丁寧だと疲れてしまう。完璧を求めない幅のある暮らし、それこそが本当の丁寧な暮らし」

完璧を求めてるとやることが多くなる。丁寧さを求めて完璧さを求めて、結局のところ、心を失う。なんて皮肉なんだろう。

完璧じゃなくていい。断定しなくてもいい。白黒曖昧なこの世界の中で、不完全さを愛しく思いながら生きていく、そんな風に生きられたきっと素敵なのだと思う。星の王子さまも言ってるし。

「いいかい。大切なモノは目に見えないんだ」って。

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