マーケティングは必要なのか?
日本製品の海外展開に見るマーケティングの重要性
もうだいぶ前になってしまうのだが、尊敬する友人から彼の著書を献本いただき、ようやく読み終えることができた。
その中で、自分の中のもやもやに対する一つの解と出会うことができたので記しておきたい。
世界中を旅する作中で彼が幾度となく、日本政府の海外進出戦略が特に隣国の中国に明らかに劣っていたり、日本製品が各地に浸透していないことを悔しがるシーンがある。
その各地で売られている(主に途上国に多い)製品(主に日用品が多いのだが)は欧米列強(死語)の製品が多く、日本製品はほとんど進出していないとのこと。
また、中国政府は商品流通の要になる場所に重要な拠点を配置していたり、将来的な海外進出のための先行投資を積極的に展開しているということであった。(個人的にはチリへの中国語教師の無償派遣の話や、ドラゴンマーケットの話が印象的であった。)
彼がまとめる部分によると、そのような政府ぐるみのマーケティングの結果世界中に流通している商品よりも、日本製品の方が圧倒的にクオリティが高いということで、日本に不足しているのは商品力ではなくそれらを世界に売り込む人材だとまとめている。つまりグローバルマーケティングが今後の日本企業の発展に不可欠だと締めくくっているのだ。
一方、自分が現在メインフィールドとしているWebの世界では、「プロダクトこそ最大のマーケティングである」という言葉も存在し、本当に素晴らしいプロダクトであれば口コミ等を通じてその評判が自動的に広まるため、マーケティングという行為は不要という理論だ。
実際にfacebookやtwitterといったサービスはそのようにして広まってきたと思えるし、先述の日本製品の話とあわせて一概に「間違っている」と言える話でもないと考えている。
しかしそれではWebの世界では本当にマーケティングという行為は不要なのだろうか?
自分自身、プロダクト開発をできないがために、これまでは自社製品んのマーケティング・プロモーションに出来る限りの時間を割いて来た。その中で、現状のプロダクトの一種の「限界」を感じ始めていた部分もあったため、この話が非常に印象に残ったのだ。
結論として今自分は、マーケティングという行為はプロダクトの成長において必須のものだと考えている。
それはプロダクト=マーケットフィットという仮説ベースのものもそうであるし、単純にプロモーション(=認知獲得)に関するものも含む「マーケティング」を指している。
というのも、彼が言うに世界各地で流通していた欧米製品のほとんどは製品の質で言えば「日本製品の方が圧倒的に高いもの」だったらしい。それにも関わらず日本企業がそれを卸すルートを開拓していなかったり、日本政府がその機会を提供していなかったりしていた。それは認知獲得が不足しているだけと言っても過言ではないのではないかと考えられる。
そこで自分自身が立てた仮説としては、プロダクトがマーケティングを不要とするのは新しい価値観で潜在的なニーズが「ユーザセグメントを越えて存在する場合」かつ「その潜在ニーズ満たすプロダクトが存在した場合」だと考えられる。それがtwitterやfacebook、加えて製品開発という観点においてはgithubといった製品にも繋がるのではないかと考えている。
それに対して、既存製品の代替になる可能性が高いものについては徹底したプロダクトマーケティングおよび認知活動が必要で、一方潜在的なニーズも明確ではなく新しい価値観の提供の場合、圧倒的な認知活動が必要(自社の製品はこれにあたると最近勘付き始めています)なのではないかと結論付けている。
特に世界中で使われるサービスを創るためには、プロダクトに対する世間の認知は圧倒的に「不足している」からこそ、限りある時間を使って少しでも自分たちの価値観を提唱していかなければならない。
加えてそれは(特にtoCのサービス・製品の場合)、それ自体が直接的に利用者にメリットを提供することができない場合(もしくはそれを認知させられない場合)には、それがマーケットに「受けるか?」「どうですか?」という視点ではなく、「これが正しい」という形で押し出していくことが必要なのではないか?
自分たちのマーケティング戦略の成否のみこの仮説を検証するものでもあるので、これまでとは違った戦略を以てこの仮説に取り組んでいきたい。