当事者意識の欠如
陥りがちな「こなす病」
経理から財務、人事から総務、調達、広報、プロデューサー、ディレクター、経営判断まで、これまで経営コンサルとして接してきた大企業の機能的部署に例えると数え上げるとキリがありません。(もちろんその対象となる規模はとても小さなものなのですが)
エンジニア界で最も嫌われるものの一つに「コンテクストチェンジ」(作業の分断と文脈的に異なる作業の強制)がありますが、これは毎時間のように発生します。自分のタスク管理能力の問題でもありますが、コントローラブルでないものも多く存在し、その度に集中力は途切れ、元の作業に戻った際に、想定工数内で集中し続けた場合と同等のクオリテイのアウトプットを出すのは非常に難しく感じています。
そこは経験と成長でカバーしなければいけない部分なのですが、弊害として、「こなす病」というものに自分自身は陥りがちです。種種雑多な作業の中にはもちろん緊急度だけ高く重要度の低い、文字通り「こなすだけ」の作業が多く存在します。
その結果陥るのがこの「こなす病」で、タスクの位置付けを忘れて重要なコア業務まで「こなそう」という思考回路で取り組んでしまい、後から後悔することが多々あります。これは「自分自身しかできない」業務から当事者意識が欠けてしまう、という大きな弊害を生み出します。
今チームにとって一番重要なミッションはプロダクトのリリースなのですが、それに関わる業務や意思決定の際に、最近当事者意識が欠けていたな、とふと気付くことがありました。このままでは本当に良いものはできない。ユーザの気持ちなんて分かりっこない。特に多いのは開発チームとのミーティングやユーザインタビューです。これだけ見ると「バカなんじゃないの?経営者やめたら?」という感じなのですが、これが実際だったのです。
解決策になるか分かりませんが、今後は以下2点の対応でこの病気を再発させないようにします。

これはよく見るマトリクスで、社会人時代は当然のように自分のタスク管理に応用出来ていた考え方なのですが・・・完全に見失っていました。
今やっているタスクが上記のうちどの象限のタスクのインプットになっているかを事前に確認します。
こんなことを今になって反省しているなんて、本当に情けない経営者でメンバーには頭が上がらないのですが、少しずつ、でも確実に成長します。
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