君らは確かに午前7時の太陽だ


私はU.S.A. 、アジア、各国の若者たちに囲まれることが多い。

末息の年齢からより若い世代になにかと囲まれる。私自身取り立てて彼らに嬌態を振っているのでもなし、なにか大盤振る舞いするからでもなし、なにもないが酒を酌み交わしたり、座談に興じる。またそういうひとゝきに、なにより心が溌剌としてくる。

さいきんではそれら若者らの兄者的な存在もできてもきて、より彼らの相談やらなんやらはその彼らにとってより近く頼もしい兄者的姐者的な後継者に投げるようにもなった。世代が交替してゆく様をこうして体感するのも己の地点を識るうえでも感慨が深い。

私が彼らを通しておもうことは、来りくる彼らの社会。それは新しい社会なのであるが、その社会に疑うべくもない彼らの参加が予定されている、予約されている社会に対する彼らの心性がだいぶ、私の世代とは違うことがわかる。

私たちは一方的におとなと呼ばれる現社会の主役によって、次の社会が決定されようとしているような焦りと反抗があった。しかし彼らには凸凹は多少あるのもの似ている。

なにが似ているか。

それは焦りも反抗もあまりなく、さりとて断絶でもない(精確に言えば断絶という概念もない)、別世界であるということだ。別次元なのである。たまりかねるような焦り───それは私たちの特徴だったけれども、彼らはそれを意識の内側にも外側にもない。世の中のオトナたちが彼らを彼是言いたがる。大概そのような言法は彼らも私も聞き飽きているどころか馬耳東風である。なぜなら響くものがないからだ。響くものがないということは彼らは何も言っていないことであるからだろう。なにも響かないものに応える響きは無論有り様はずもない。

なにもわかっていない方が私は逆によいとおもう。

あんなハッタリ世代の教えなぞ鵜呑みにしては実がない毒だらけなのであるから、何も識らないほうがいい。

あんな欲望の世代を真に受けたら、それこそ見果てぬお城を夢見て忿鬱して朽ちていかねばならない。

あんな自分のことしか考えられない世代を真似したら、それこそまともな家族さへ率いはし得ない。

だからなにも関わるなと私は話す。

そのような若者たちに囲まれ座談するなかにあって、さいきん日本の独立系映像に待ち遠しいプログラムがある。廿代前半のジャーナリストと哲学者の二時間にわたるプログラムである。

私は映像革命の、映像に対する彼らのハイジャック───それはそれは日本の映像史上ではじめての試みではないかとおもうが、決められているのは二時間。たったそれだけである。二人が川の石を伝うように互いの息遣いや目線を交わしながらも会話にならぬ会話の雲行き。それは手合いを入れたくなるスペクタクルであり、しかし落ちてゆく葉をどちらかが違う掌で拾い上げては会話が紡いでいく、それはドラマである。映像に引き込まれるのではなく、彼らに注視される目と耳は、すでに映像がたんなる手段でしかないことを明らかにしている。

彼らが、世上の問題に至ったとき、問題によっては、一人は視線を相方に集中しても、相方はその視線を外す───。これは映像設計を破綻させる。しかし破綻しない人間関係という約束で成り立っている映像にあってはとても爽やかだ。自然だ。

ぼくたちに月曜日はくるのか?。きっと来る。君らは確かに午前7時の太陽だ。

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