
「日本を取り戻す」という色褪せたポスターに
帰室して読みますなかに、北海道北部に唯一残った百貨店が撤退という記事がありました。
私が警告している加速一辺教がもはや日本人の骨の髄まで侵蝕し切ったともいえなくもない生存圏崩壊への道行のなかの報道として受け取りました(なぜ日本の人びとは新幹線を切望するのか?。その通ったら最後、どういう事態が生存圏に始まるかを先行する新幹線敷設の自治体を調査すれば一目瞭然なのですが、左右ではない。まさに乘り憑られたような、とりつかれたような速度への信仰───。北海道もますます過疎が拡大するはずです。どうなってゆくかはもう確実視されるはずです)。
反応のなかには、百貨店がなくなるという生活の辛さというものがありました。また日本の縮小というコメントもあったようです。ですが、私からしますとこれは何も近年起こっている現象ではないんですね。1990年代前半から起こり始めたことです。絨毯が拡がるように日本列島に現れていた生存圏縮小のことなのです。U・S・Aはそれを識っていたし識っている。日本の人びとより速く、日本の人びとよりより精確にかも察れません。それをお調べいたゞくには、1990年前半からのジ・ニューヨーク・タイムズのジャーナルを遡ってご精読されたいと希います。こんにちの日本の事態を予測するルポルタージュでありまして、その執拗深抉な取材は日本列島全域の及んでおります。
私たちは1990年代前半から日本及び東アジアの生存圏の縮小について注視し続け分析し続け、それが我がU・S・Aに及ばぬような取り組みを行っており、その一つにオールド・タウンの再建など着手し成功を収めておりますが、生存圏縮小になんらの手を打てなかった当事者としての日本が二十年、三十年。
どうなるか───。これは大都市の生存圏に迫ってくるということであります。それは即ち───日本の生存可能性という重大な事態となって東京、大阪、名古屋───に現れてくるはずです。その時ではもう手の施し様はないでしょう。

生存圏をどう再建するか、若い人びとだけの奮闘ではどうにもならないところへ来ている。この寂れ切ってしまった風景に、日本宰相と地方担当相の「日本を取り戻す」の色褪せたポスターがすべてを物語っています。