東京失敗の現実味

-なんでああなのだろう、どうしたらああになるのだろう-


「まぁなんとかなるだろう」「そうですよ、そうですとも」「日本なんですから世界一のものをやりましょう」……。ざっとこんな調子ものたちが調子よく、「なんとかなるだろう」でおっ始めた東京五輪。周りは周りで、「ああいってるんだから」「大丈夫だよ、日本のやることなんだもの」でこれまた誰がやるとも、それは知らないが当たり前で、拍子をみんなで合わせて、どこまでもどこまでも「なんとかなるさ」である。各係の責任者は「あの件うまくいってるだろうね」と訊ねればこれまた関係者は「首尾よくいっております」「二、三の懸案はありますが、解決されます」とこれまた実態のない受け答えをし、その話頭を部下に向け「な、そうだよね」に、部下は部下で「はい」と応えればよい……。すべてがこの調子で済んだのは、日本に誰かがいたからであったと私はおもう。百人分を三名で、千人分を十数名で抱えて担って、そして能力を発揮した、責任なぞということばでは括れない、死ぬか生きるかの壮絶さを人の分まで抱えて(やってやる)の人びとがいたからなんとか済んだ日本があったと確信する。しかしそんな人はもういたとしても一人で一万人分なぞ抱えられない。そういう同志もいない、仲間もいない。ただそうしたものがたりがどこかで酔った勢いで流通しているだけだ。そこに日本人が乗っかって、『なんとかなるさ』なのである。

私たちL.A.は2024年夏季大会に立候補する。だがいまのコロシアムをぶっ壊して真新しい競技場を作ろうなぞということを考える人が誰もいない。当たり前に鎮座するコロシアムを使うことになんの疑問も持たない。あるものを使うのは当たり前で、その他の概念が浮かんでこない。L.A.は東京なんぞと比べようもない巨大な土地がある。やろうと思ったら、20万でも30万収容でも競技場はどこでも作れる。だが作る必要が浮かばない───。東京なら跡地は大広場にして、被災可能性都市ゆえ万が一の避難場所としての機能を兼ね備える6万規模の広場を、国家や市民のための行事も開催可能である広場を周辺と融合させ、競技場は周辺の既存施設を改修する───私たちならそのような構想になるはずだ(横濱競技場改修を言っていたのもそれだかだが)。しかし、ああした病気にいったん取り憑かれたらもうどうしようもないのかも察れない。私たちL.A.はそれを眺めていればいいのかも察れない。だが───しかしあまりにも日本人は能力が落ちてしまった。これは言い過ぎだろうか。いや、落ちこぼれになってしまった。それも努力をしない落ちこぼれである。努力をする落ちこぼれと努力をしない落ちこぼれはまったく違う。

長谷川平蔵とワイアット・アープはまったく違う。共通するのは人間であるということだけで、物体として、手足がついて頭があって胴体があるモノとして同じである以外にすべて違う。中身も違う、血も違う、そもそもの生きる感情も痛みも、考えも───なにもかもまったく違う。けれども同じ物体の人間が同じという理屈から日本人はprecisely wrongをしだす。喜怒哀楽はどこもいっしょだと。そういう発想から甘えを求める。なにに対しても甘えを求める。だがしかし───これからの大失敗の連続にそのような心性が通じるか───。私はたいへんなことに日本自身が日本自身に追い込みをかけるこれからに、民族の破綻という私たちが目撃したことのない破綻を見るのではないか───そんなおもいが強くなることを朧げに感じている。

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