祝祭にあたって

私がアジアとのデジタル上での接触を始めたのが2004年です。それは非常に限られたU・S・Aの実像と生活をeveryday symbols───即ち日常的な表現による象徴として紹介するという形式と内容によるものでありました。続けてまとめる意味も込めまして対日発言に進んだのが2010年のこと。まから五年前のことです。TwitterはAlien Residentの日本の若者に勧められて、実はいやいやながらアカウントだけは作ってもらったのですが、140文字で何が言えるかというそもそもの疑い、私自身がそのような短文像の人間でありませんので、放って置いたものでした。その折の私自身の日記がありますので再掲させていただきます。

五年を経過してみますと、68000回の独白録になっており、骨牌は7400葉にいつしかなってしまいました。太平洋を超えて、友人と邂逅できましたことは深い歓びとするところであります。
骨牌で「居心地」は多少よくなった五年。厚誼が結ばれた五年───。だがしかし、憮然な貌はそのままの五年でもあります。またなぜこのような長きにわたって、対日発言をし続けてきたのか───という自問自答については私自身はっきりとしたことが言えませんけれども、ただ言える唯一のことは、日本が好きであるということに月並みですが答えとしなければなりません。また日本語が好きだということも言えるし、日本語で書くことが楽しいということもあります。漢字の味わい、ひらがな、かたかなの味わい、文章の味わい、表現の味わいでしょう。そしてみなさんの表現に発見と学ぶことがあります。昨日でしたかフォロワーさんの「跳ねた物言いになってしまい恐縮ですが」をきょうも味わって諳んじております。
憮然の顔つきは私の常なる表情ですから、いまさら笑みというわけには参りません(もともとは笑顔の人間だったのですが)。

しかしアジアに対して憮然とすることが減らない。日本に対してのみではありません。アジアに対してであります。私は対日発言以外には、実際中枢への発言を負うことが多いものですから、その人びとに向けた発言はさほど要しないものです。日本の政治とは縁がありませんのでこうして日本のみなさんに向けた発言をしているのですけれども、なぜ憮然かといいますとアジアをやっていない───やってこなくなったからのようにアジアにおもうのです。見失なうアジアに対して───。ですから憮然だとは言える。
私が笑みとなるのは、アジアがアジアをやっている───そういうときかとおもいます。
対アジア発言開始から十一年。どこまで続くか。これはわたくしの健康との協議になりますけれども、存命中にいくつかのアジアがアジアをやっているなという場面を目撃できればと、2015年の末の日々におもいます。

どうぞみなさんもくれぐれもお感冒なぞ召されず、朗らかな数え日をお過ごしくださいますよう。今年は通年とは違ったおもいもありまして、この投述を祝祭メッセージに代えさせていただきたくおもいます。

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