
金泳三氏の逝去におもう
金泳三氏の逝去におもうことは、やはり東アジア的といっても過言ではないだろう政治の溶解です。
なぜ東アジアにおいて政治の溶解が起きるか?。それは政党政治それ自体が果たして東アジアにおける意味。あるいはどこまで民主主義社会という米欧の価値観、土層というものが東アジアのそれに幾許りかの層の厚さとして表土されているかにも関係すると考えるからです。また東アジアがグローバリゼーションに巻き込まれたなかでの必然的な混迷のなかでも語れることもできるでしょうしそれはrealityでもあるでしょう。
韓国における先行した政治の溶解が起こったのは、まさしく氏がそれまでの野党指導者という立場より権力獲得のためにという私欲から動いた三党合併でありました。そしてこれを契機として権力獲得のための離合集散が繰り返されることになり、結果、全斗煥、盧泰愚時代を経て朴大統領を系譜する保守と新保守による系譜が与党の地位を固め、離合集散は野党世界に移るという先行する政党政治の溶解を繰り返す……与強野合に到りました。台湾も新党、親民党にもその伝染は見られますし、日本の政治改革という名の政権交代なる交代目的という権力奪取からこんにちまでがそれらを明らかにしているのです。

つまり東アジアにおける政党政治そのものが果たして東アジアの風土と習俗……そして価値観の上に成立し続けられるものなのか?。私は双つの応えがあるとおもっています。一つは<与強野合>から政党政治そのものへの破綻へ向かうか?、二つは東アジアの元来が持つところの強力な与党と強力な野党による政治に戻りつつ、混迷の時代を学んだうえでの、米欧的な政党政治と民主主義社会という表土を厚くできるかということになりましょう。
東アジアの政治は分かれ道にも来ている───。私はそのように想定しており、またそにような推移の何れかを道するものとおもいます。