首領級を幾たり得られるか

-もう一つの国家安康-


政治家は自分の経験から滲むものでことばを言うべきか、黙々の何れか。ぺらぺらやる奴は足軽ぐらいが関の山です。

政宗さんはけっして経緯をバカのひとつ覚えのように書き送っているわけではない。要路、大事なときに説明する。それには要路と大事がわかっていなきゃいけない。またそれを読む相手の懐心をパッとわかる人格が成っていなきゃいけない。すべては真剣だということです。与党議員のなかには議員会館に日本刀を飾っている議員もいるそうですが、真剣という二字はそんなもんじゃない。

永らく日本ではどこぞで聞きかじってきたようなことを持論だと称してやっているバカ尽くしになった。外交なんか日本の議員には不分い。先ず私が面接したとして合格するような人間は数えるぐらいだとは言えますね。経済もわからんでしょう。巨細なことを分かっているいないを言っているのではないのです。不分いというのは外交とはなにかゞ不分いということであり、経済がなにか不分いということです。それら二文字を解くことを話しなきゃいけない───ということの意ですね。これはジャーナリスト、評論家にも言える。それらは小文字の商ですから大文字が不分い。こんどは大文字を聞きかじったようなことを触れ回る。みなさんの信頼を裏切るようなところでしかそれらが成立していない───。

それでも日本には嘱望する次代がおります。実際、日本を実際動かすのは面の人間じゃありません。脚光なぞ浴びないし、浴びたくもない。動かすことの意味を備えている人々は面に出る必要もない。またそういう人格の欲がそういうところに向かない。そういう確かな動きを私は識っているだけに、安堵しているところはあります。

ただ、面があまりにも酷いことになっている。それを手立てしないことには動かすにもその都度、歯車に油を差すをやらなきゃいけなくなる。ちゃんとした歯車はそうそう油は要らない。そうした手間を動かすほうへまわせるほうがもっと日本のためです。

首領は育てなくとも育つものです。育てるもんじゃありませんね。そもそもそういう人びとは仕上がっていて私のところにおいでになる。共通するのは我に溺れる人格をまったく持っておらない。ナルシズムがないということなんです。一般的な自己愛がほとんどない。くにを建てるにはそういう人をどれど得るか───ということでもあるんです。

天下を識る人、天下を眺められる面持ち───。こうした幾たりを得るか得られないか。私の国家経策に関する体験的持論です。

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