1980年代問題

-預言的に私は遺して置き度い-


1980年代問題。

私が私摘し続けているこの時代の深く抉った分析と総括なしには、1980年代以前の戦後の総括と同年代から現在までの日本が抱えた問題、そしてこれから先を構想することはできない。すべてが未解決であるがためにすべてが重畳性を畳み掛けてしまう悪循環はここに起因している。

この重畳をこれ以上畳みさえないためにも、また問題をクリアにしてゆくためにも、1980年代問題。より精確を期すれば、1980年代後半問題に直面しなければならないと日本を考えそして助言する。

その当該の時代はもとよりその前後になにが起こったのか?。その視座から考えるなら、あの時代にわざと残して置かれたものがいま膨らんでいることにも合点がゆくようになるだろう。またあらゆる分野における専門家があらゆる信任を裏切らなければならないというその職務の奇形性についても理解を得るだろう。

日本は戦後七十年を迎えたが、実に必緊の核心は、1980年代なのだということを預言的にことばとして遺して置き度い。

しかし熒惑の渦中であるからこそ、それらの問題は着手することが可能だろう。それを示唆するものとして日本におけるあらゆるまやかしの嘘と方便が立ち行かなくなっていることに明らかだと私は診ている。

日系のバーに行く。〝セット料金〟称する氷代が請求書についている。私たちはその手の習慣もないしまた常識としておかしいと説明を求める。しかしつけた方は説明ができないのである。つまり誰に対しても説明できない。また日系の焼肉屋に行く。キムチにお金を支払わなければならない。しかし韓国系に行けばキムチを始め、前後15種類以上のおかずは漏れなくタダでついてくる。この双方に説明を求めると韓国系は説明できるが、日系は説明できない。無料と有料の双つのキムチ。味わいは無料のほうが美味しい。ではなぜ不味い有料のキムチにお金を払うことになるのか、資本主義的にも説明できないのである。であれば誰もが無料のキムチを選ぶことになる。

これらのまやかしと嘘と方便は、集団主義的な日本というまやかしと嘘と方便に多くは拠っている。それが若者たちの次代の登壇によってメッキが剥がれおちていることが、日本がそれら問題を着手できる可能性を内蔵しているのである。

ましてやオトナたちには新たなメッキを施すやる気も、術にも無頓着であり、そして恐らくそうしたことにも問題構成ができぬだろうから、その時機はさほど遠くなく、可能性を現実にするだろうとおもう。

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