清香園
焼肉は裏切らない
〝LAのおかあさん〟によれば、創業三十五年までは働くということだった。三十五年が来たら四十年をめざして欲しいと私は三十五年の説得を今から考えなきゃいけれない。焼肉の最高聖地を失わせてはならないと念っている。創業三十年時の日記を再録しつつ。
人間は五味を有する。
即ち、酸っぱい・苦い・甘い・辛い、鹹っぱいだ。然し僕はそこに香と音を加えて、七味としたい。それが本稿の出発点でもあるかならのだが。
〔焼肉は裏切らない〕は私製の語録の一つだけれども、焼肉こそこの七味を堪能できるそういう食であると念う。通常の食では五つ。けれども焼肉は七つ。これは何を意味するのだろう。それは推論の域を出ないけれども、肉を焼いて食するという営みが、最も神に近いものであったからではないかと惟っている。
"And its intestines and its shanks will be washed with water: and the priest must make all of it smoke on the altar as a bu-rnt offering, an offering made by fire of a restful odor to EHYEH"
今を遡ること三千五百年前。西暦前1512年に書かれた、神の律法の書である『レビティカス』にそれは初見される。神への焼燔の捧げものとして牛、羊、山羊、鳥類が有り、それを祭壇にて焼くことこそ、「火による安らぎの捧げもの」又は「神にとって喜ばしい煙」と記されていることからも、神にとっては肉を焼くその香りが最も喜ばしいもの、是認されるものであるということだろう。そういう意味でも、焼肉が神にいちばん近い食、或は神が最も歓ばれる食であるからこそ、通常の五味ではなく、七味。詰まりは、香りが加わるのだろうと手前勝手だが念っている。この肉を焼いて食べる食営が、東西南北に伝はり、モンゴルから中国そして韓半島から日本へ。欧州から大洋を渡って新大陸へ。そして
精緻された日本或は韓国のそれが大洋を渡り西海岸へ。焼肉は恐らくだがこのロサンジェルスが、焼肉史であるならその最期の邂逅場となったのではないかとさへ感じる事が多い。
その中でも、焼肉の原型を留めるお店が、きょう訪ねる清香園である。
このお店を訪ねたのが今から十年余前。その「清香」という名を目にした時と、店内の噎せ返るような煙の中の香りの味わいを感じたとき、私は神の五巻書。つまり先ほど挙例したペンタチュークの一節を想起したのだった。
一週間に六日は焼肉を食しても何ら食傷しない、肉好きの私のことであるから、それからありとあらゆるお店に足を運んだ。日系でいうなら『まんぷく』『ととらく』『鳳仙花』『たまえん』、コリアタウンに向かうなら『スップルジップ』『朝鮮ガルビ』『又来屋』『開城』さいきんでは『ティッコルモ』といったように。それぞれにはそれぞれの旨さがあるのだが、必ずここへ戻って来る。
なぜ戻るかと問うなら、ここには焼肉の何も足さない何も引かない、始源さに満ちているからだろうか。焼肉の神髄はまさにここに有るというより外はない。
南北朝鮮そして日本と食べ歩いたけれども、どれもこれも奇を衒ったり、割烹風になったり、焼肉以外に資源を集中するような店ばかりになった今、この空間、そして賑わい、清香、そして味の不変さ───恐らく日本に於いてさへ、この店に匹するそれがあるかないか。それはあるにはあるだろう。けれどもこの米国で現存するという意味は、それらを遥かに凌いでいるものだと私は念っている。唯一名前は失念してしまったが、さいしょの日本訪問の際、ぶらりと上野のコリアタウンを目指し歩き、午後の長閑な時を過ごした焼肉店。店の前ではおばあさんが夜の仕込みだろうか、初めて観た大きな牛尻尾を大きな盥で洗い、スッスッとナイフで切ってゆく様子を鑑しながら、娘さんがマッチで小さなコンロに火をくべてくれ、独り焼肉をやったあの店ぐらいのように憶うし、二谷英明さん私そしてクラブのママたちと朝帰りに食した午前八時からの焼肉もまた驚天の旧懐溢るる記憶である。
さてその凡てが現存している店。
コンロは昔懐かしいガスコンロ。油を塗った鉄板を観れば、それだけでも歴史が眼の中に飛び込んでくる。薄くなりつつ四方の角が丸みを帯た鉄板をして、そのなあまめかしい照りがまたぞろ、「喰うゾッ!」という元気さへの添加剤のようだ。
商用の会合、友人知人、家族連れ、カップル───。香りがそうさせるのだろう、凄い賑わい。ここでまたしても考える。ほんらい煙は人が忌むものである。寺院で「頭がよくなるから」と焚香を撫で付けられるあの煙さへ、そこには凝っとはしていられない。しかし、焼肉屋の煙香には誰も平気である。とはいっても、その香味が佳いからであって、名は避けるが、同じ煙であるにも関わらず、辟易する店もあるのだから、その煙の基、即ち肉とタレと火という三位一体が完璧であるからこそのこの店の味だといえるのではないだろうかと念うのだ。であるこからこそ今宵も人々は清い香りに吸い寄せられてゆくのであろう。
そして人。
私がロサンジェルスの「おかあさん」と呼ぶ、女将。マサコさん、ナミさん、ヤエさん。いつも変わらない。人に於いても何も足さない何も引かないのである。それがまた人を魅了して已まないし、この世の中で落ち着ける一つの場であることを、恐らくここに集う人々は知っておられるに相違ない。
先ずは運ばれて来る熱々のおしぼり。昔はどの店もおしぼりは自家製だった。一日が了れば家に持ち帰り、ブリーチし洗濯しそして一つ一つ巻いたもので、こういうお店はもう稀少である。その自家製の温かさに先ず私はマナー破りではあるが顔をそして手に宛てる。それがまた心地好い。そして用意された前掛けをし、メニューを開く。今は新しいメニューになってしまったが、「おかあさん」は恥ずかしいと仰るが(といっても半分は自負をもってらっしゃると送像う)、多くの方々の記憶に有るのではないだろうか、このメニュー。私はこれを眺める度に、死海の洞窟で発見された聖書断片なり、パピルス紙断片なりの、聖なるものを感じるのである。


ビールを頼め(古来から焼肉は瓶ビールである)ば、コンナムル(もやしのナムル)に、タレ各種が供される。僕の場合は、我が儘をしてい、特製タレ、レモンタレに、にんにくダレ、醤油、そして肉味噌の五種である。塩ホルモン、塩ミノ、そして塩ハチノスの臓物三種は、このレモンとにんにくに肉味噌を駆使するのだが、未だ試されていない方は是非挑んで貰い度い。にんにくの新鮮なる辛さが、眼に涙を浮かぶのを堪え、そして引いていく快感に嵌まったならば、もう焼肉有段者だろう。私はビールのつまみに、生にんにくを店特製の肉味噌につけて一口やるのが別なる秘悦なのだが。

焼肉は塩から。バックリブ、豚、ホルモン、ミノ、ハチノスを。タレは、「極カル」(極上カルビの同店の呼称)、カルビ、ホルモン、レバー、ハラミ、そしてコブクロになり、その外は旨い、豚足と決まっている。



肉の構成もすべて、焼肉の文法になるものであって、味わいについては本駄文で申し上げるより諸賢が知悉されているに違いない。ただ一言すべきは、〆に相当するコブクロが絶品であることだ。艶かしい色合の細長きコブクロを鉄板に載せる。火によって観る見るうちに変化しながら、パンパンと破裂の音がしてくる。そう、焼肉の音は、ジュジューだけではないのである。コブクロの破裂音が、焼肉が音のコンチェルトでもあると確信する、七つ目の音という味覚なのである。口中に入れればコリコリのあっさり。元来、焼肉の〆はこれであった。

そして最後に、ガス釜で炊いたごはんに、韓国のり、そして「おかあさん」特製の大盛りキムチの残りで、一気呵成に食べることの嬉しさ。

そしてこれは翌日の愉しみなのであるが、多めに頼んだ焼肉をたっぷりと焼き上げ、熱々のごはんに載せ、特製タレをかけまわすお弁当が圧巻であり、日本から来られる客人にも帰国の際に持っていただいているが好評を博しているほどの、このお店のまたの愉しみなのである。

とうもろこし茶の飽きない暖かみのなかのほろ甘さに浸って、時計を見やれば午後十時過ぎ。
「おかあさん」たちに送られてお店を出るとき、振り返ってまたあの看板を見る。嘗て世界で大ヒットした映画『シネマ・パラディソ』を映画館でご覧になられた方々ならお気づきだろう。終映して席を立った時どれほどの人々が映写室を一目見て帰路についたかを。あの時と同じだ。
清き香りの園。
祭壇で焼燔される清き香りは天上の神を安んじめ、神は喜び遊ばす。その神はその五巻の書でこう言われる。
「わたしは民とともに存る」
と。
来年は創業三十周年を迎える、我が焼肉の最高聖地を私はこう呼び度いのだ。
「清香園もまた我々と共に存る」
Email me when Dulles N. MANPYO publishes or recommends stories