Rethinking Japan


「世界の地図は私たちが考えているよりもその様相を異にするだろう。カオスの真っ只中に呻吟する諸国家も、私たちが考えているよりも安定する可能性があり、私たちが安心している安定的な諸国家が時限爆弾を抱えているとも言える」


体制の脆弱性が……あらゆる体制を聖域にすることなく指摘され始め、話し合われ始めている。私どものようなそのような専門家の意見を先ずは聴いて見、それを画用紙に山を双つか三つ描いて資政する者からすると学究が私たちの問題意識より遅れをとって認識を共有され始めているというのは心もとない感情はある。ほんらいこのような意識は私たちが訊ねたときに待っておりましたと深い分析とまとめで応えられるものであるからだが……。しかし出ないよりは出てきたほうがよい。
そこでRethinking Japan。


Rethinking。私たちAmericanが80年代に提起し当惑し考えた遍く識られた日本再考(日本の〝日本最高〟説話者がいまどれほどいるかはさておき)という問題提起である。私は日本社会の混濁を必然のこととして析出し、その核心的原因を<1980年代世代とその系譜>とその思考様態である<バブル・コードという日本の志願囚人的なことばの封殺合意>のシステム化であると指摘してきた。そして濡れ手に粟の価値観、作り出すより消費することの方策を真剣に考える習性という、80年代以前には存在しなかった行動一般が現在の日本ではありふれたことであり、なんらの咎めも受けぬ変異を遂げてきたこと。また数多くの社会的存在としての人間の大幅な質の衰弱と基本的社会人格の破戒さの年齢を診れば80年代世代とその忠実な、無意識的な系譜によって時間の必然によって露わになっていることに、説ではなく完全な証明書付きで、私はRethinking Japanを再び対置させるのが誠実であり賢明であるように意う。またそれは私たちAmerican、U・S・Aにとっても再び必要な時節に来ているともおもう。過日、現職を含む歴代大統領及び議会の枢要が、「日本のようになりたいか?」という問題意識を共有していることをお話ししたが、私たちが恐れるのは冒してはならないのは、正しくは日本ではなく、日本で生じた脱け出すことのできない連鎖についてである。なぜあのようなことが起き続けるのかという、回復が見込めないのか───その社会経済政治のすべての分野にその原因を追究し分析し、Cureを準備すること、私たちの意識の防護服としなければならないからだ。

米日関係が大きくその質的内容を変えようとしているこれからの前に大震災五年もある

一見すると安定的に見える脆弱性の進行───。
 これが私たちのみならず先進諸国、中進諸国いずれもが再考をし、Cureを開発し、そしてそのCureを日本に対して差し伸べることも重要である。問題はこの再考に時間をそう長くは使ってはいられない。なぜなら、日本というDNAによってではなく突然変異を起こす可能性がじゅうぶんに有るからだ。突然変異は遺伝コードを勝手に変える自身の特徴を持つ。

日本の大震災から五年。我がU・S・Aで日本研究の層はどんどん薄くなってきている。人がそうであるようにその必要性を誰しもが軽視するそのときに事実は必須さを求めていることに気づかない。では日本としてではなく、そうした体制の一典型として診るならそうではあるまいとおもう。これは米日関係における私たちの態度の変化にも現れ始めていることをそのまま敷衍すればよい。

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