ユニコーン vs. 馬
私がマクドナルドではなく、イネナウトバーガーになりたい理由
「馬鹿げている-君がつくろうとしているのはライフスタイル・ビジネスにすぎない(注1)」
テーブルの向こうから、殺気を含んだ視線とともに投資家はそんなセリフを叩きつけた。2011年、Grow Conferenceでの円形テーブルで行われたイベントでのことである。投資家、起業家、ワントレプレナー(注2)などが毎年の恒例のそのイベントに集まっていた。
ちょうど私が話し終えたときのことだ。
私たちは、2,3か月前に、ベンチャーキャピタルからの投資なし、自分たちの資金でFlowを立ち上げていた。
私たちがベンチャーキャピタルなどから資金を調達しないと知ると、多くの人が同じようなことを言った。私たちがセールスチームをつくっていないこと、あるいは、シリコンバレーに拠点を置いていないことについても。
そういうアドバイスをもらったおかげで、私は過去何年も資金の調達について考え続けることになった。
エンジェル(投資家)やスタンドヒルロード(ベンチャーキャピタルが集まっているカリフォルニア州の町)の大物に、私はいつも言ってきた。
ここ何年も私は型にはまることなく、突っ走ってきた。
私はマクドナルドではなく、イネナウトバーガーになりたいのだ、と。
1948年、ハリーとエスター・スナイダーによって始められ、イネナウトバーガーは、ドライブインファーストフードのコンセプトのパイオニアとなり、すぐに人気になった。ライバルとは異なり、スナイダーは従業員に十分な賃金を払い、高品質のメニューを提供し、高品質なレベルを維持するために、ゆっくりとした成長を志向した。
過去67年間で300以上の店舗を擁するまでに成長しているにもかかわらず、イネナウトバーガーは、米国西部の内に留まり、そのメニュー、サービスを変えずにやってきた。何も冷凍せず、ポテトフライはいまだに手作業でカットされ、上場することも、外部の資金を入れることもしていない。
今日、その企業価値は5億ドルを超えたにもかかわらず、同社はいまだ非公開でスナイダーファミリーに保持されている。
Grow Conferenceの私の友達は、そういうやり方を好まないのであろう。
イネナウトバーガーのやり方は、単なるライフスタイル・ビジネスに過ぎない。マクドナルドと競争して急速な成長もしないし、企業価値も1位のマクドナルドに比べ、15位に甘んじている。
売上は67年かけてゆっくりとしか成長せず、何十年と経ったいまだに、わずか6億25百万ドルの価値しかない。
起業家を呼ぶサイレンはお金ではない。
それは自由だ。
自由は自分の進む道を決める自由であり、自分が大好きな人たちと何をつくるかを決める自由だ。
お金を集め、取締役会をつくり、投資ラウンドを上げる、そして、自由を少しづつ失っていく。ベンチャーキャピタルの資金を受け入れると、あなたはあなた自身ではなく、投資家のために働くようになる。
マーケットを支配するために急速な成長が不可欠になり、投資家のためになるべく早く資金と利益を返すために公開することなどが必要になる。
ベンチャーキャピタルは大多数のスタートアップが失敗に終わることを知っており、その投資からリターンが得られるように組み立てなければならない。もしあなたがマクドナルドでないのなら、何が何でもバーガーキングにならなければならない。
この考え方-株主の利益を最大化するかゼロかという考え方-はテクノロジーの世界で蔓延しているドグマと言ってよい。それだけが唯一の価値あるやり方とみなされている。
ライフスタイル・ビジネスに甘んじて午後からはサーフィンを楽しむような生き方をするか、悪魔的とも思える競争相手に毎日17時間の戦いを挑んで、4,800万ドル(注3)の資金を得てユニコーンの角笛を吹き鳴らし、億万長者への山脈へ向かって突進していくのか。
いっぽう、何千というインターネットビジネスがあり、イネナウトバーガーと同じやり方で、静かに何十万ドル、何百万ドルというお金を稼いでいる。彼らはマーケットで1番でも2番でも10番ですらない。そのかわりに、大きなマーケットで小さなパーセントをとることにフォーカスすることを選んでいる。
彼らは投資家ではなく顧客の要望に応え、彼らの従業員、顧客、そしてみずからを幸せにすることにフォーカスしている。
彼らはユニコーンではなく、いわば血統の良い馬であり、我々は彼らにこそ注意を払う時期にきているのである。
私はそういう人たちを何人か知っている。良い車に乗り、良い家に住み、何人かはプライベート・ジェットで世界を飛び回っている。
しかし、あなたは彼らのことを聞いたことがないだろう。彼らはTechCrunchなどに出てきたりせず、ただ静かに偉大なビジネスをつくりあげて、インターネットの片隅で配当を現金化しているのである。
おそらく、こののろまで着実なやり方はあなたには向かないだろう。
あなたには次のジェフ・ベソスやエロン・マスクになるほうが向いているだろう。
ここに書いたことは、あなたが資金を調達すべきではないとか、ベンチャーキャピタルが本質的に悪であるとか、というようなことではない。
ライフスタイルビジネスと壮大なベンチャーの間にはグレーなゾーンが存在しているということを述べたにすぎない。
ベンチャーキャピタルを受け入れることはビッグになるかゼロになるかのハイリスクをとるということで、誰にでもよいこととはいえないのである。
サーファーたちのライフスタイル・ビジネスがしっくりこないのとおなじように、それも私にとって良いことだとは思えないのだ。
私はその中間のどこか、イネナウトバーガーをつくったスナイダーの価値観とともにいる。
私はユニコーンではなく、ただの馬なのである。
注1 「ライフスタイル・ビジネス」とは、Wikiによると、「その創業者が自分の生活をエンジョイする、あるいは生活レベルを維持するためにおこなわれるもので、それ以上のものを目的としないビジネス」ということのようです。
注2「ワントレプレンナー(wantrepreneur)」とは、凄いアイディアがあって起業したいと思ってはいるけど、アクションを起こさないひとたちのこと。(参考)
注3 Seres Healthというスタートアップが去年4,800万ドルを調達したようです(参照)