なぜ、このアプリを開発したのか?そして、このアプリを通じて、どういう世界を作ろうとしているのか?

takahito iguchi
Jun 6 · 8 min read

Ear.ly を使ってくださっているみなさんに感謝を込めて、なぜこのアプリを開発したのか?そして、どういう世界を作ろうとしているのか?を率直に書いてみたいと思います。

放送できる電話?

今のEar.lyは「放送できる電話」。この言い方が一番しっくり来ると思います。電話はプライベートなコミュニケーションですから、第三者に発信することはありません。一方ラジオはパブリックなメディアですから個人間のやりとりと明らかにモードが違います。そもそもコミュニケーションツールではありません。第三者向けメディアです、ラジオは。

誰かが聞いてくれているかも知れない電話。ラジオみたいな電話。別の言い方するとコミュニケーションそのものがコンテンツになるというラジオメディアのような電話。Ear.lyとは、そういうアプリケーションです。

ZoomやSkypeで喋っている内容が結構面白くなってこれって対談番組みたいに配信したら超面白くない?みたいな瞬間を経験した人 どうでしょう?結構いるんじゃないかな?って思うんですけどその瞬間を楽しめるアプリだと言えます。

使っている人はきっとラジオ感覚だったりポッドキャストやってる感覚だったりすると思うのですけど本質的にはその配信そのものより「そこで誰かとお喋りができること」が大事なのです。誰かと話せるからそこで話し始める。これがEar.lyを使うときのマインドセットなのではないか?と思ってます。

カフェで偶然誰かと話し始めてその場で盛り上がる瞬間、その楽しさこそ一番素晴らしいEar.lyならではの瞬間じゃないか?と思います。

結果、Ear.lyで発生するコミュニケーションは驚くべきことにほぼほぼ知り合いではない人たちとの出会いと対話。これがメインなのです。

言うまでもなく声のコミュニケーション、普通は「電話のようなもの」。あるいは「ラジオのようなもの」。そのいずれかが我々の知っている範囲の声のサービスです。誰かと話せる電話かつラジオと言えるEar.lyの場合は電話のような知り合いとのおしゃべりでないことが多く、また、ラジオと異なりコミュニケーションが出来ます。

ですから、Ear.lyはとっても変わったアプリです。余り今まで無かったコミュニケーションパターンです。じゃ、なぜそう言うサービスを開発したのか?なのですが、そもそもはこのスタートアップ(ドキドキ)を始めた時の「どうしようも無い孤独感の解消」と言うテーマがありました。

そもそもは"孤独感の解消"がテーマだった。

前の会社(テレパシー)を辞めた後の絶望的な孤独を味わう中で「自分はとにかく人と話したいのだ」と言う強烈に強い想いがありました。ですが、じゃあ、電話でいいじゃないか?ってなりますよね…。

それは一番最初のプロトタイプを知り合いのエンジニアに何人か見せた時にも散々言われました。スカイプがあるじゃん!そんな反応ですね。因みに最初の試作品は「ワンボタンで、知らない誰かと、いきなり繋がれるIoTボタン・デバイス」でした。その頃は"おっぱいボタン"と散々な言われようでしたが(画像は他社の物です)。

電話番号とか一切必要なくって、プッシュすると、即誰かと話せる電話。みたいなデバイスを試作してサンフランシスコの街中にあちこち貼り付けたりしたのが、そもそもの開発の始まりでした。小型ボタンなのでどこでもセットできたのです(実稼働はしてません。モックアップなので...)。

ともあれ、誰かとお喋りができること。連絡先とか必要ないし、そもそも知り合っている必要すらない。そう言う電話を考えていました。なぜか、そう言う物を通じた、世界中の誰とでも普通に気軽に好きなことを話し合える、そう言うものが実現できない限りこの孤独感は解消できない!そう感じていました。

Baby から Ball へ、そして..

その後 2016–2018年にかけて Babyと Ballという声のコミュニケーションに特化したアプリをずっと手掛けたのですが、なかなか離陸しません。Babyは声のTinderでしょうし、Ballは声のTwitterと言うべきでしょう。

が、それを欲してやまない、ユーザーはどこにいるのか?のユーザー開発が全く立ち行かないのです。

それはもうアプリの完成度やコンセプトのユニークさとか、そう言うある意味表面的外形的な要因ではなくって本質的に人のコアな動機に繋がっていくような、心の琴線に触れるところ迄の Touch が出来ないまま、本当に苦心惨憺の連続でした。

Ear.lyはライブストリーミングできる声のメディアでありソーシャルネットワークとして開発しました。が、米国デビューの直前ユーザー・インタビュー最中「これはマズイ!」ことに気づきます。これこそが三度目の正直じゃないとダメなのに、そもそもこれではアプリとして米国では機能しない!ことに気付きます。

ソロのおしゃべり配信サービスから対話プラットフォームへ

そう感じた要因は二つ。「声のみのライブストリーミング」と言う位置付けがただの引き算に見えてしまうことと「孤独感解消のためのソーシャルラジオ」の製品価値の訴求が、とにかくマイナスに受け止められてしまう。これを現地(サンフランシスコ)で打破する事がなかなか出来なかった。日本でアプリ試作していたときの気負いや自負は全面崩壊です。

それで一気に製品を作り変えました。ラジオ的な声の配信メディアではなくって、その場で対話ができる声の対話のプラットフォームに改造し直しました。ほぼ一ヶ月で仕様を仕切り直して米国リリースの1月末から2月中はほぼ作り直しに費やし、3月中にはようやくリリースにこぎ着けました。恐ろしいですね。何よりスタートアップはランウェイが限られているので、気が気ではありません。全くもって生きた心地がしません。

その後、サービス提供のレベル向上、つまり機能改善とコンテンツ提供の試行錯誤を繰り返すのですが、5月になって本当に大きな転機が訪れます。それまでは本当に鳴かず飛ばず。全く火がつかない状態だったのが嘘のように熱烈なユーザーの皆さんからの強烈な支持をいただく瞬間が訪れます。

その転機は言葉にし難い。全く嘘みたいなキッカケでした。

ある日から日々自分がEar.lyを使っていてもその最中ひっきりなしにユーザーの皆さんから熱いメッセージを頂くような、今のような状態に移行したのですが、この状態は事前には絶対予期できなかったと思います。

何がすごいと思ったのかと言うと、チームとしては、
1)ラジオ的な配信の開始から 2)知り合いや仲間がそれの聞き手になる 3)だんだんコミュニティが熟成して、ようやく聞き手が育成され、その後知らない第三者同士のお喋りがランダムに始まる(場合もある)。そういった製品の発展プロセスを考えていました..が、
現実に目前で起こっているのはそういうプロセスを全部すっ飛ばして、いきなり知らない同士が突然オンラインでいい感じの気軽なお喋りを始める(場合が多々ある)という現象です。

何よりそれが一番の驚きでした。それこそ製品開発の当初から理想として描いていた一番実現したいと思っていた理想系そのものなのでした。

本当のスケーリングと本当のプラットフォームの形成はまだこの先になりますが、それでも、その理想形と言えるコミュニケーションが自然発生的に成立している今に驚きつつ、ユーザーの皆さんの熱意と勇気には本当に感謝と感動しかありません。

takahito iguchi

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Tonchidot & Telepathy & DOKI DOKI!!

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