千択選択洗濯

人生の岐路はたくさんありすぎて、まるで私の傷んだ髪の枝毛のよう。

日本人学校への転入、中学受験、大学受験、就職

人生の岐路で毎度悩みはしたし、辛い思いもしたけど後悔したことはない。千択の中からの選択は、幸いにも自分の中で成功を収めているのだ。

二つだけ悩まなかった大きな決断は、ドイツへの転勤と婚約。

パートナーには今まで感じたことのない安心感を与えてもらっている。傷だらけで不良品一歩手前みたいな自分の話を聞いてくれる。優しく包み込んでくれる。認めてくれる。未知なる思いを日々私に教えてくれるから今まで、幸いマリッジブルーは経験せずにいる。

ドイツに来たのもそう。たまに孤独を感じるけど、日本にいた時から全然社交的じゃなかったからそれは同じ。

だから日本に本帰国したいなんて一度も思ったことはない。

外国人として生きていくのがこんなに楽で刺激的なんだから。困るのは日本食だけ。こっちには数少ない、サイズが合う良い服を見極めるのも醍醐味だ。

そんな私の、今専らの悩みは子どもを産むか否か。私は昔から、考えてもどうしようもない事への物思いに耽るのがやめられない人なのだ。

今は第一次結婚ラッシュ兼ベビーラッシュ。結婚願望は昔からかなり強かったから叶って嬉しいのに、子供のことになると二の足を踏んでしまう。

人と話す時、生活している時、要所要所で露見する自分の未熟さ、短絡的な思考にほとほと手を焼いているからだ。

母親が完璧主義で子供にかける期待が大きい人だったため、おかげで私も無事、完璧主義なのに能力が伴わないため卑屈で視野の狭い人間として出来上がった。自分ができないことが多すぎる分、人に期待するレベルも高い。

子供なんか産まなくたって、すでに母親と同じ轍の上を歩んでいる。


子供は無垢で不完全で可愛いが、真っ白な状態から世間様に恥じない、真面目で素直な子供を育てなければいけない。そしてそれができるのは自分しかいない。

東大に行くでもなく、ノーベル賞を取るでもない、普通の子を育てるのがこんなに難しいことだなんて、とプレッシャーに押しつぶされそうなのだ。

自分がどこにいても浮いてしまう性分で、人々のハテナマークを買いながら生きている。それは諦めがつくまでは本当に辛かった。今だって辛い時はある。

そんな「普通」にすらなれない私が、「普通」の「いい」子を育てる?

自分がどう頑張ってもなれなかったのに??

母親は最近孫がほしいのか、早く産むことを強く勧めてくる。周りにどんどん孫ができてきているのだから、理解はできる。自分が元気なうちに孫を抱きたいという気持ちもとても分かる。どうも親にとって孫は想像以上に愛おしい宝物みたいな存在のようだ。


人間はナマモノである以上、体力と機能の衰えには抗えない。

こんな私でも遅ればせながら人間が熟して、人の親になりたいと思った時にはもう遅かった時の恐怖も、先述のプレッシャー以上にある。

何より、夫となる彼が子供を強く望んでいるのに産まない。諦めさせるなんて。

一体私は何様なのか。

今が選択の洗濯をする時なのだろう。自分の思い描く未来をできるだけクリーンにしておいて、手持ちのカードを最低限にしておきたい。

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