About a woman I respect.

私は黒柳徹子さんを尊敬している。

最初は、世界ふしぎ発見に出てくる、ものすごい正解率を誇る人、という認識だった。歴史や文化にまつわる難問に、彼女がなぜそこまで正解できるのか分からなくて、舞台映えのする彼女が正解する台本があるのではないかとさえ思っていた。華やかでときに辛辣な彼女は、幼い私のお気に入りだった。

少し大きくなって読んだ「窓際のトットちゃん」は、私の想像を全く超えた内容で(トットちゃん、つまり小学生時代の彼女が、学校をリストラされるところから始まる実話なのだ)、私はまた、この話はファンタジーなのではないかと思った。

でもそのファンタジーは私を暖め、tvでの軽妙なトークは私を楽しませた。

彼女を象徴する玉ねぎ頭、かわいらしいファッション、周りの芸能人たちから語られる人となり。すべてが独特で、すばらしかった。

ユニセフ大使としての活動も、物語のように私は読んでいた。世界のあちこちの子供たちと会った話。ロバを千頭借りて物資を届けた話。女性の権利がない地域で、女性教育を認めるよう頼んで実現させた話。とてもじゃないが現実の話とは信じられなかった。

彼女のあだ名、「黒船を見た女」というのと同じで、皆で共有するすばらしいファンタジーなのだと思っていた。写真や動画もたくさん見たけれど、それらはすべて、私にとっては物語のきれいな挿絵だった。

先日彼女がInstagramをはじめたとき、それは非常にセンセーショナルに迎えられた。

日本のセレブリティである彼女本人のアカウント。コメントも彼女本人のもの。アップされる彼女の日常。日を追うごとに伸びるフォロワー数。私も即座に彼女をフォローした。

Instagramを通じて知りあった人が何人もいる私にとって、Instagramは親しみぶかいメディアである。

彼女もものを食べること、寒さを感じること、かばんを持っていること(荷物があるんだ!)、そういったことを日々追っていくうちに、彼女はもしかして現実に存在している人なのじゃないかと思われてきた。

画面キャプチャをとり、実家の家族に送ると、彼女の活動ぶりを皆おもしろがった。

ある日、彼女の出演する芝居の話がアップされていた。

コメディと書いてあったので、母が遊びに来るよい口実だと思い、私は2枚のチケットをとった。母は突然降ってわいた話に驚いていたが、チケットはもうとってしまったのだから来るほかない。母は来た。

舞台は、すばらしかった。もはや演技なのか彼女の素なのか分からないのだった。彼女の可憐さとユーモアが、対する麻実れいの剛胆さと愛情ぶかさに響きあい、何か非常に美しいものがそこに生まれた。

なんとかとれた最後列の席で、私は彼女の姿を見、声を聞いていた。

これはお芝居だけど、ここで表現された感情は実在する、と私は思った。私がまだ体験したことはないけれど、確かに存在する感情だ、と。

芝居が終わると拍手はなりやまず、彼女は何度も何度も、あちらに、こちらにと手を振っていた。彼女がすみれ色のカーテンの後ろに消えても、手はまだすき間から差しのべられて、ライトをあびて輝きながら振られていた。

これは本当の話だ。と私は思った。

彼女は実在する。

彼女の本音、彼女の嘘、彼女の功績、いろいろあるだろうけど、すべて実在するこの彼女から出てきたものなのだ。

人を助け、助けられ、いろんなものを愛し、しゃべり笑い、冗談を言い、一人の女性が、この世界を生きてきたのだ。

「見てよかったわ」と母が言った。

「うん」と私は言った。

黒柳徹子さんは、生きていくことを私に教えてくれた。

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