積極的な読書と学び
学びを促進するプラットフォームとしてのMediumの可能性
Täkaさんが感じている「自分の頭で考える時間を持つことの大切さ」は、まさに私がMediumを始めたきっかけであり、とても共感できます。
有名な本らしいのでご存知かもしれませんが(私は去年知りました)、「本を読む本(著:M.J.アドラー/C.V.ドーレン)」という本(本が連続し過ぎてて良くわからない感じになってますが 笑)に、関連する内容が書かれていたのを思い出したのでご紹介します。
積極的読書
本の冒頭では、積極的読書の重要性について述べられています。読書によって生まれる「書き手と読み手のコミュニケーション」をキャッチボールとして捉えた例が分かりやすかったです。
投げること、キャッチすることは積極的な動きである。同じように、書くこと、読むことも、自らが動くことである。この場合の本や記事が、ちょうど受け身のボールにあたり、書き手はボールに動きを与え、読み手はその動きを止めるはたらきをする。 — M.J.アドラー/C.V.ドーレン, 本を読む本
つまり、自分の頭の中の知識や他のストーリーなどと照らし合わせながら自分の頭で考えることで、ストーリーを自分なりに解釈している(ボールをミットに収めている)のかなと思います。あと、ストライクゾーンの少し外側に来た球をキャッチするときに、ストライクゾーンの中に寄せちゃう、みたいなこともありうるかなと(あんまりやりすぎると無理が出ちゃうのですが)。
学び(教わることと発見すること)
さらに、アドラーとドーレンは、読むことの本質として「学び」を挙げています。その中でも、積極性が「教わること」と「発見すること」の違いを生むことを示しています。
「教わること」は、話し手や書き手から学ぶことである。しかし、人に教えてもらわなくても知識を得ることができる。それには自分で「発見」しなくてはならない。他力本願ではなく、自分で研究し、調査し、熟考して学んでいく過程が必要である。 — M.J.アドラー/C.V.ドーレン, 本を読む本
また、教育と学びの違いについては、Joi Itoさんも同じようなことを言われています。
“Education is something that is done to you. Learning is something you do for yourself.” — Joi Ito
私は「学ぶ」というのは一生楽しめる遊びなんじゃないか、と思っています。なので、これからも(ゆっくりなペースにはなると思いますが)Mediumにあるストーリーを読みながら、思いを巡らせたいなぁと思っています。
レスポンス(反応)としての引用
Mediumはその点優れていて、気になる記事があれば、ブックマークしておき、じっくり考えて、自分の考えを整理しレスポンスする。他の人の記事に触発されて自分の考えを深める事がやりやすい。
レスポンスが、自分の学んだこと(新しいボール)を相手に返すことであるとすると、Mediumは人々の学びを促進させるためのプラットフォームという側面があるのかもしれません。
一方で、現在のMediumの仕様は、複数の方のストーリーから自分の考えをまとめて書いたとしても、それらの記事それぞれにレスポンスとして返せないのが残念です。論文と一緒で、どれだけ引用されたのかも十分なレスポンスだと思うので、レスポンス数にカウントするか、複数ユーザーに同時にレスポンスを返して、ストーリーを繋げられれば良いのになぁと思っています。直接のやりとりが苦手なユーザーにとっても、書き手への感謝や尊敬の念を伝えるための新たな手段になるのかなと思います。
ストーリーを繋げるための手段については、まだまだ改善の余地がありそうですね。仕事柄、どうしてもHowの部分に目がいってしまう自分がいます。笑
