AbemaTVに本当に必要だったもの:「最初から観る」ボタン

AbemaTVが思ったよりずっと良く出来ていて驚いた

Taro Inuro Kawai
8 min readApr 12, 2016

正直なところまったく期待していなかったというか「さぞかしアレに違いない。どれどれ粗探しでもするかな」とネガティブな予断一杯でダウンロードしたAbemaTVなのだけど、実際試してみたらアプリがとても良く出来ていて驚いた。

横スワイプでチャンネルをザッピングするシームレスな感触は、今のデジタルTVのもっさりしたチャンネル切り替えよりも断然気持ちが良く、大昔のアナログTVでチャンネルを回す感覚にむしろ近い。両隣のチャンネルを並行してストリーミングしているのだろう、離れたチャンネルもタップで選択できるのだけど、だからそちらにはさすがにギャップがある。ただ「何があるかなー」とダラダラ眺める分にはスワイプで十分であり、チャンネル数が限定されるTVだからこそ、この一次元のインタフェースが生きる。このアプリを作った人たちは良い仕事をしたと素直に賞賛したいです。アレ呼ばわりしてすいませんでした。

1. 左にスワイプしていくと、再生は続いたまま
2. 音声がフェードアウトしていき
3. 隣のチャンネルの音声がフェードインしてきて
4. 再生が始まる。シームレスなカルーセル。

で、じゃあAbemaTVを使い続けるかと言われたら、今の時点でもまあ使わないだろうなと思う。理由ははっきりしていて、

  1. そもそもコンテンツが面白くない
  2. 途中からしか観られない

の2点に尽きる。1.は、なんというかもうそれ言っちゃったらどうなのよという根本的な話だが、疎に切り離して考えられる部分でもあるのでここでは置いておく。根が深くて密なのは2.の方だ。

TVというモデルの素晴らしさと限界

AbemaTVは、この記事にもあるように明確にTV局を志向している。だから、ネット配信であっても放送時間は固定される。7時に始まる番組は、7時10分に観に行ったらきっちり10分経ったところからしか観られない。レコーダーが付いてるわけでもないので、むしろTVよりも不便だ。冒頭に挙げたようなチャンネルのインタフェースとも相まって、2016年の技術による昭和のTV体験の再生産といっていいかもしれない。小さなブラウン管モニタにこのサービスをパックしたら、ちょっとイカしたガジェットになる気がする。

実はTVのこの制約自体は、全部が全部ネガティブというわけでもない。動画コンテンツを観るという行為が暗黙に

  • どのコンテンツを観るか決める
  • そのコンテンツを視聴する

の2フェーズに分かれていると考えると、どのコンテンツを観るか決めるというのは、実はけっこう面倒くさい行為なのだ。もっとはっきり言えば、検索という行為が面倒くさい。だからいろんなサービスが今は「いかに検索させないか」に舵を切っているのだけど、チャンネル数が少なく、しかも放送時間が固定されているTVというモデルではそもそも検索する必要がない。「7時になったらニュースでも見るか」と放送時間の方に行動を合わせるのは、考えるコストが著しく低くてすむし、また何か自律的に動いているものにタイミングを合わせる行為自体にもたぶん快感があるのだろう。リズムゲームみたいなものだ。だからTVの放送時間を固定した番組表というモデルは、元は構造的な制約だったにせよ、人間の行動原理を考えると受動的なコンテンツの摂取には結果的に最適なモデルのひとつだったと言える。

一方で、いざ視聴するとなると人はワガママになる。可処分時間の価値が高値更新を続ける現代はなおさらで、自分の貴重な時間を投入する以上、そこから得られるベネフィットはなるべく最大化したい、とMBAホルダーでなくても学生だっておっさんだって普通に考える。つまり、10分経ったところからしか観られない番組の価値なんて「無意味な時間潰し」以上にはなれないのだ。そのギャップを埋めるために、ビデオデッキやDVDレコーダーが求められ、ようやくTVのリモコンからHDDレコーダーを操作するのも当たり前になってきたけれど、それでも「あ、もう10分過ぎてるのか。最初から見せてよ」をTVで実現するためには全録システムが各エンドユーザ側に必要になる。結局、TVは電波によるブロードキャストを続ける限り、これ以上「すごいTV」になるにはもう力技しか残されていない。

「最初から観る」ボタン

一方でAbemaTVはたったひとつの変更で、少なくとも今のTVよりも「すごいTV」になることができる。放送中の番組を「最初から観る」ボタンを付ければ良いのだ。最初から観られるだけなので、もちろん早送りも録画もできない。ほんのちょっとの利便性を付け加えるだけである。たったそれだけで、

  • ザッピングしてちょっと気になる番組があったけど途中から観てもなあ、と思った人
  • 7時からアニメを観ようとしてたけど打ち合わせが押して10分ほど出遅れた人

といった人々に、良質の視聴体験を届けることができる。それは同時に、前出の記事中にも指標として挙げられていたCMの完全視聴率を格段に高めることにも繋がる。録画システムが行き渡っている既存のTVから、その部分だけを抜いて仕切り直すことができるのだ。

つまりポテンシャル的には、「圧倒的に便利で、しかも広告効率も高いTV体験」をAbemaTVは提供できるはずなのに、現状では「圧倒的にサクサクなTVのチャンネルザッピング体験」止まりで終わってしまっている。コンテンツの質も既存のTVと同等だし。果てしなく勿体無い。

また、ここで筋が悪いなと思うのは月額オンデマンドの話である。前出の記事には

月額960円でオンデマンド再生に対応。見たい番組を選択して、好きなときに視聴可能になる

とあるが、「見たい番組を選択して好きな時に観る」は、まったく違ったインタフェースを要求する、まったく違った体験だ。それは上に述べたようなTVモデルの制約がもたらす利点を消し去るし、それに依存して素晴らしい体験を提供できている現状のAbemaTVアプリのインタフェースも生かすことができない(この点については実際に確認していないので、誰か課金して試した人いたら聞かせてください)。この分野であればNetflixでもそれこそYoutubeでもXVIDEOSでも、どれだけコンテンツを無限にスケールさせてそれにユーザを効率良くマッチさせられるかという、つまり別のルールで動いているゲームである。TVの魅力はそこにはない。キュレートされた、制約のあるパッケージこそが価値であり、しかも従来のTVであればそれぞれのチャンネルに別々の会社の思惑があったところを1社で思うがままに編纂できるのだ。これもまた圧倒的に「すごいTV」である。だから、スケールさせるべきはキュレーションの結果である「番組表」であり、個々のコンテンツの数ではないのだ。

考えれば考えるほど可能性に満ちており、そしてうかうかしているとあっという間にYoutubeかAmazonかNetflixがオーバーライドしてしまう領域だとも思う。だからとりあえず「最初から観る」ボタンを付けるところから始めてみませんかAbemaTVさん。

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