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成長する会社が会社のステージ/文化に合った採用ができない理由

先だってのエントリに記述した通り、面接には様々な見極め方、アプローチがあるものの、実は技術的な見極めはあまり難しくない。
どちらかというと面接をしている相手が会社のステージや文化、状況に合うかどうかを判断するほうがずっとずっと難しい。
マッチしていないと技術的な素養、能力があっても会社がそれを生かし切れないことの方が多い。
そして、技術的な素養、能力があり、会社に合いそうで欲しい人材だと思っても会社に入ってもらうのはもっともっと難しい。

入ってもらうための方法はまた別の機会にするとして、会社が能力のある人を生かし切れない話をする。

黎明期には何もない

例えば、会社の黎明期。
ちゃんとしたルールも決まっておらず、基盤らしい基盤もないが、サービスは展開しているような状況。
まだまだ売上は立っていない。
この状況でそもそも高い給与は払えない。
潰れるかもしれないような危うい状況、そのタイミングでは優秀な人は殆ど入ってこない。
優秀な人が大勢で解決しなければならない課題がないからだ。
そもそも「売上をつくる」という大きな課題を解決しなければならない状況で、その他の事に構っている暇が無い。
頑張ってルールや組織をつくっても会社が潰れたら全て無駄だ。

求職している人によっては、
「ルールはかっちり決まっていて欲しい」
「下回りから揃えるなんて面倒くさい」
「今さら実装をするのは嫌」
「潰れるかもしれないような会社に入りたくない」
という人もいる。
そういう人にとって「何もないステージ」は全くマッチしない。
入ってもらったとしても無いことだらけで、解決すべき課題もなく単に実装を任されても困ってしまうだけだ。
ステージに合わない人たちは単にサービスをつくる、ゲームをつくる、ということを求められても困るわけだ。
逆にこのステージでは「何もないところから何かを生み出すこと」に対して強いモチベーションを感じるプログラマはマッチする。
道無きところに道を生み出していくことが楽しいと感じるようなプログラマだ。

成長期には色々なことが決まる

しかしながら、会社のステージは移り変わっていく。
会社が成長期にさしかかると売上が出始めるので、売上を拡大することや人材を揃えることが必要となる。
そして、この時期からルールができはじめる。
「何もないところから何かを生み出すこと」のが好きなエンジニアは、ある程度ルールが固まったり、組織化が進んだ時点のステージは途端に窮屈に感じ始める。
何をするにも上長の許可や稟議が必要になり思ったことが進まなくなり「以前できたことができなくなる」ことに苦しめられのだ。
そのような状況では「大企業病」が始まったと感じるようになるので、急激に強いストレスを感じるようになる。
今まではスピード感を持って何でもできたのに、突然「許可」が必要になり、許可を得るためには「理由」が必要になり、その理由を説明する必要にかられる。
こうなると「自分の好きだった会社は死んだ」となって立派な退職理由になる。
そして、売上が出ることで給与が高めに出せるようになると、各分野のスペシャリストと呼ばれる人たちが課題を解決しに入ってくる。
そうしたとき、最初に色々なものを作り上げたプログラマは「自分は不要となった」と感じ辞めてしまうこともある。

転換期には様々な事が変わる

技術面でも同様のことが起こる。
極端な例だが、データベースのアーキテクトがいてDB設計や最適化が神レベルだとしよう。
しかし、ヒットしていない黎明期の会社ではこの人の役割は何もない。
そもそもDBに課題を抱えるのは「ゲームがヒットしてから」で事前にこの人がやることはない。
もちろん、「ゲームが大ヒットするかもしれない」という前提に基づいて採用しておくという手もある。
だが、ゲームがヒットしない限りこの人は成果を出せないし、能力を評価されない。
もしゲームやサービスがヒットせず会社が潰れてしまえばお互い不幸になるだけだ。
そのタイミングで雇うのは時間と才能の無駄遣いなのである。

しかしながら、ゲームが大ヒットとなりDBの負荷が課題となる。
ゲームは時折停止し、レスポンスが遅くなってしまったとき、スペシャリストはいくらでもお金を積んででも欲しい存在となる。

また、シェーダーや3Dに滅茶苦茶強い強いプログラマなどでもそうだ。
ゲームで言えばガラケー時代にこのようなプログラマを雇う余裕も必要もなかった。
だが、時代がスマホになり、Flashが廃れ、ネイティブゲームが伸び、パズドラやモンストのような2Dゲームの時代が終わってから漸く役割が回ってくる。
もちろん、この時代になればグラフィックに強いプログラマは引く手あまたではあるのだが、その前の時代に引く手あまただった筈のFLASHerは既に価値を失っている。
このように時間の流れと共に「技術」と「文化」のアンマッチが常に発生するのが常なのである。

そして、誰もがこの流れから逃れることはできない。
同様に誰もがこの未来を見据えて採用をすることができるわけでもない。
「会社の文化に合った人材を採用すること」は言葉で言うよりもずっとずっと難しいのである。
以前、ある人が「採用はガチャだ。ダメだったら捨てれば良い」と言って強い反感を憶えたことがある。
採用はガチャではあってはいけない、ダメなら捨てるという考えで人を採ることがあってはいけない。
一緒に会社を作っていくのだから、共に過ごす相手の人生や時間はハズレになってはいけないのである。
しかし、時間は会社を変える、トレンドを変える、合う合わないは必ず存在するし発生する。

人を落とすときも「この人はとても優秀だが、今のうちでは生かし切れない」そう思って落とすことも多々ある。
そういう意味では、組織の生涯のパートナーとなれる人は殆どいない。

出会いと別れは必然である。ただ、良い別れと悪い別れというものがあって、できればお互いに良い時間を過ごし、最後に良い別れができるようにパートナーを選ぶ必要がある。

プログラマ個人にできることとしては「変化に適応すること」以外にない。
それは「文化」も「技術」も同様に。
腕を磨き続け経験を重ね続けるしかない。
そして、採る側もまた難しいことを理解しつつ最高の出会いができるように考え続け見極めるしかない。

なので、人には会社に一生属しようと思うのではなく、この会社にいけば自分が成長できるか、自分の人生にとってプラスになるか、という観点で会社を選ぶことをお勧めしている。
辞めるときも同じで、このまま会社に居続けて自分にプラスになるか、で辞めるかどうかを決めるべきである。

採る側はその人がこの会社に入ったら幸せになれるか、という観点で採るかどうかを決めるべきである。
人生にとって出会いも別れも悲しいことばかりではないのだから。

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