今どこにいるか、

途中から分からなくなった。古い雑居ビルの階下に佇んできみは街を眺める、通りを行き交う人びとの花やかな姿を。きみの目の前を色とりどりのファッションに身を包んだ若ものたちが、笑いさんざめきながら足ばやに通り過ぎてゆく。きみは再び独りごちる、

はて、ここはどこだ、こんなとこで俺はいったい何をしてるんだ?

居場所を正しく認識できない。ナビが作動しなくなった。常時つながっていたラインが切断された途端、不安になった。GPSはきみが・今現在・位置する場所を〈さもきみが世界の中心であるかのように〉映しだしてみせる。けれども、その中心軸は世界中のあらゆる町々に遍在している。皆がみな世界が自分を取り囲んでいるものだと錯覚している。否そうじゃない、きみは世界の端っこに蹲っているか、辛うじてしがみついているかのどちらかなんだ。少なくともきみは世界にとって重要人物ではない。とるに足らない、居てもいなくてもいい、塵芥のような存在なんだ。

端末機を手離したら、そのことを否応なく思い知らされる。きみが居なくなって誰が悲しむだろう。誰も気に留めやしない。降る雨が雨どいを伝って下水溝へ注ぎこまれるがごとく、恥ずかしい過去の記憶は人びとの意識から消滅してゆく。だけど待て。いったん刻みつけられた記録は、物理的に破壊したつもりでも、どこかに保存されているのではないか?

きみはのそりと立ち上がる。今のきみは誰にも望まれない、期待されない一人に過ぎない。のだけれども今の居場所を正しく把握すること、元いた場所から今ここに至るまでの距離を確かめること、過去から現在、そして未来への時間軸を捉えなおすこと、それこそがきみに課せられた使命のようなもの。自分の座標を正確に位置づけること、それは網羅された情報の綾からするりと抜けおちた諸々のがらくたを、並べ直し、磨きをかけ、優しいまなざしを注ぐこと。あゝそれのみしか生き残る手立てはない。南の町のさいはての朽ち果てそうなビルの一角に、崩れ落ちそうな我欲をもて余しているきみ。これからきみが、生きながらえるためには、きみの裡にかつてあり、しかし今は消滅してしまった地図を、再び己が脳裏に描きだし、仔細に書きこむこと。

酔っぱらいのたわごとさ、気にしなくてもいいよ、どうせ明日になれば、忘れてしまうくせ

鰯 2017/06/09

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