
Thoughts on Medium and the system design
Medium as a place to read how English-speaking people think and express
This article is written in Japanese as an informal response to a set of questions sent to me in Japanese.
私に対してMediumに関する質問があった.良い機会なのでその質問に対する見解を記事として書いておくことにする.
Mediumの最大の特徴は, 私の個人的な感想としては,あくまで英語あるいはその他のワードスペーシングのある言語をレイアウトを気にしなくても書けるようにしたところだと思っている.私自身,英語以外の内容は,Mediumには期待していない.
投稿の時に写真が自動的にくっついたりするわけではないが, レイアウトを気にせず,とりあえずアップロードすれば適当な大きさで貼りついてくれるのは便利である.その他,英語の文章で使う引用や強調表記などの操作がblogのページ作成ではなく,文書制作の感覚でできるのは, 思考の流れを乱さないという点で良く考えられていると思う.私はまだ使ったことはないが,草稿段階でのreviewなどを他の人に依頼したりすることもできるようになっている.投稿した後も,段落単位でコメントをつけたり,関連するURLをsuggested readingという形で追加できるのは便利である.
Mediumの面白さは,書いている人達の筆力,それからその筆力を伺わせる記事表示の仕組みにあると思う.各collectionでの記事表示については,かなりの部分は自動化されていると思うが,必ずしも全自動でやっているとは思わない.Editor’s picksがあることを考えると, 人が選んでいるものも少なからずあると思う.記事を書いている人達には, 少なからずプロのライターがいるし,その一方で文章を生業とはしない米国西海岸のIT関連プロからの投稿も多い.個人的には平均値というのを考えず, かなり癖のある記事の選び方をしているように思う.私の見えているMediumと他の人のそれとは全然違うものである可能性も高いだろう.
ただ,Mediumの記事の広がりは, あくまでMedium, そして連携しているTwitterの中の世界を中心としているように思う.それ以外の世界に広げることは考えていないだろう.そして, Mediumの強みは, 筆者と読者がどのように行動しているかの行動履歴を持っていることだと思う.Blogのように複数のサイトに記事を拡散させないことで, マーケティング上の利点も狙っているのかもしれない.
ともあれ,Medium発足時の目標であった,文章による考えを気軽に発表できる場の実現はできているように思う.ただし, それは英語, それも北米のIT文化にかなり寄っている場所であろうとは思う.私にとっては, 人々のホンネが読める場所であると同時に, 英語圏では筆力がないとプロとしては生きていけないことをヒシヒシと感じさせてくれる場所でもある.
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