いやあ、日本のテレビの食レポ率は本当に異様ですよ!だって、朝も、昼も、ランチの最中も、夕方も、夜も、いーーーーーーーーーっつも飯のことばっかり!家でご飯を食べる時も料理屋に行ってもグルメ番組が流れ…
たこ
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レスポンス、ありがとうございます!

朝から晩までグルメ番組をやっている理由には、セットが必要ないから制作費が安く上がるとか、食品会社とタイアップして広告料を取れるとか、いろいろと日本のテレビ局ののっぴきならない事情があるんだと思うんですが、それにしてもただ安く番組を作るんだったら、べつにグルメ番組じゃなくったっていいわけです。

それなのに全局全番組がいっせいにグルメ情報にシフトする理由のなかには、やはりグルメ番組だと視聴率が取れるというのがあるはずで、じゃあなんで日本人はグルメ番組を見てしまうんだろう?と考えたところ、代償行為説に思い至りました。

ちなみに本文に出てきたフランス人アーティストというのは、ジル・スタッサールさんというひとです。

この人はシェフでもあるので、本当は食のことをとても大切にしてるんです。でもアーティストとしてはどうしても「日本はクレイジーだ」という言い方をせざるを得なかったと思うんですよね。

文学や音楽、絵画などのアートは、「死」を逃れることができない人間が、その負けが決まったゲームのなかでいかにして美しいものを見つけていくのか、それこそが素晴らしいことなのだという、人間の強い意思表明なわけです。

ところが食というのは、これとは対照的に、どこまでも生きさせようとする命の持つ根源的な力であり、ときにそれは死から目を背けさせようとするセイレーンの誘惑でもあります。

「死」を考えざるを得ない面倒くさい芸術より、お気軽に「生」を実感できるグルメ情報に総流れしてしまうというのは、逆にいま多くの日本人が「死」に近いところに立っているってことの表れなんじゃないでしょうか。

そんな崖っぷちに自国民を追い詰める、日本という国のクレイジーさ。ジルさんはそういう構造的に根深いところまで指摘して、このことばを使ったのではないかと思っています。

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