Jun Yamadera

「人生は短い」というが、震災以降あらためて「生きる」ということの意味を考えることが多い。2012年3月には被災者のために会津鶴ヶ城で初めてのプロジェクションマッピングをやらせて頂き、2013年以降、アメリカのオーステインで開催される世界最大の音楽、映画、インタラクティブの祭典であるSXSWに毎年出展し、今年も福島県の支援を頂き信州大学と共同研究している「人工知能を使った唾液による癌の早期発見システム」で4年連続出展することになった。また1月2日の22時からNHK BS1スペシャルで放送される「シリコンバレー戦国時代」という番組で、今取り組んでいるFUKUSHIMA Wheelというスマートシティ向けのシェアサイクルを通した震災復興プロジェクトであり、福島からシリコンバレーそして世界に対する挑戦が取り上げられることになり、今年もとてもめまぐるしい一年だった。 NHKの番組「スーパープレゼンテーション」でも広く知られるようになった世界的に著名な人々が広める価値のあるアイデアを語る講演会、TED(テクノロジ、エンターティメント、デザインの頭文字)はみなさんご存知だろうか?ちなみに神戸で今年の5月に開催されたその地方版であるTEDxKobeでは、私もお話しさせて頂くという大変光栄な機会を頂いた(http://tedxkobe.com/speaker/speaker0028/)。数あるTEDのトークの中でもMITメディアラボ所長の伊藤穰一の「革新的なことをしたいなら「ナウイスト」になろう」は特にお気に入りのトークであり、福島のために活動をしているNPOのSafecastの活動なども紹介されており、福島の方々にもインターネットで公開されているトークをぜひ観て頂きたいと思う。

1990年代当初のインターネットの創成期にたまたま会津大学の職員として働く中で、インターネットに出会いその無限の可能性を信じて26歳で起業してから20年。習うより慣れろで右も左もわからず、数多くの失敗を繰り返しただがむしゃらに仕事をしてきた。起業志向が強かった訳でもなく、大学にも行っていないのでMBA(経営修士)などの学位は持っておらず、もっぱら周りにはManagement of Business Walking Around(現場を歩き回る経営)なら持ってるけどと言っている。起業当時は、ほとんど給料も無く会社にずっと泊まり込んで1日20時間くらいしていた。もちろんとてもキツくて大変だったが、自分の本当に好きなことに全てを捧げていたので振り返ってみると人生で最もロマンティックだった瞬間でもあった。 起業家は会社の全てをデザインできる唯一無比の存在である。正直に告白すると実は自分はとても人見知りだけれども、もちろん「会社の顔」である以上、常に外交的に振る舞うように心がけている。起業家の頭の中は、休みもなく1日24時間365日、常に仕事のことが霧のように晴れるとがなくずっと頭から離れることはない。よく起業に関しての意見を聞かれることも多いが自分はいつも「起業なんてやめとけ」というのが正直な意見(どうせ成功する奴はそんなアドバイス無視して勝手に起業するだろうし)。周りからはとても成功して幸せに見える起業家でも、ストレスからくる飲酒などの不摂生で体調を崩したり、家庭が崩壊したり、精神のバランスを崩し自殺された方も自分の周りでも何人もいる。起業家は事業を続ける限り「起業家というコスプレ」をたった一人で演じ続けなければならない。ただその一人でいる事を周りに誰も相談できない寂しい存在と思えば「孤独」になるだろうし、たった一人で誰も理解できない極地に達することのできると思えばその存在は「孤高」でもある。

私は福島で生まれ福島で育った。ただ、とても悲しいことに自分の愛する福島は東日本大震災によってバラバラに壊れたしまったように感じる。福島第一原発事故の廃炉作業だけではなく、本来、日本の20年30年先の未来の課題であった少子高齢化、様々な風評被害、過疎、限界集落から消滅集落へ、コミュニティの崩壊、政府への不信などが震災により時計の針が急速に進み、明日どうすればいい?といったような状態で日々噴出している状態だ。 皆さんは「金継ぎ」という言葉を知っているだろうか?金継ぎとは金繕いとも呼ばれ、割れたり、かけたり、ヒビの入ってしまった陶磁器を天然の接着剤である漆で接着し、接着部分を金で美しく装飾し仕上げる日本古来の修復技術であり、金粉を施すのには蒔絵と同じ技法が使われている。修復された器の継ぎ目は景色と呼ばれ、割れてしまった欠片をつなぎ合わせることで割れる異なる趣を鑑賞することができ、茶の湯の世界でも、とても大事に扱われ愛でられている器としてより価値のあるものとされることが多い。16世紀後半から会津地域では漆文化が発展してきたため、街の飲食店で出される器がよく見ると金継ぎしてあったり、個人でもお気に入りの器が壊れてしまった時は、捨てたりせず職人さんに直していただたり、自分で金継ぎして愛する器を一生かけて使い続ける人も多い。恥ずかしながらそういう事が当たり前の文化的にも恵まれた土地である福島、会津に生まれ育ったため今まで特別意識したことはなかったが、会津の漆文化の育成に携わる尊敬する会津の先輩に「金継ぎ」のコンセプトを東日本大震災以降にあらためて聞く機会があり、その美しいコンセプトにとても強く心を打たれた。震災でバラバラになってしまった今の福島に必要なのはまさしく「金継ぎ」の精神ではないだろうか?

2015年の9月1日で会津大学初めてのベンチャー企業である自分の会社Eyes, JAPANを始めて20年になった。会津大学初代学長の國井先生の「会津にシリコンバレーをつくる」といった理念のもとに、1995年に会津大学のとても優秀な学生たちと右も左もわからずに会社を設立した。 起業したての頃は一日20時間働いても半年で6万円しか手元に残らなかった。もちろんお金が無いので親の家に居候し父の事務所を勝手に間借りしていた。結局、まともに人並みの給料をもらうのに5年以上かかった。 ただ1990年代初期のインターネット創世記の時代に幸運にも立ち会えた人々は時代の寵児であったマークアンドリューセンだけではなく、自分の好きな誰もやっていないことをやれる喜びと自分たちこそが未来を創っているという使命感で突き動かされていたとても幸せな時代だった。 その後しばらくしてITバブルがあったが、結果的に東京ではなく会津という地方都市にいたおかげでバブルの恩恵にもあずからなかったが、そういう狂騒に巻き込まれることも無かった。そしてブロードバンドの普及がITをコモディティして、ITだけでは競争優位性は無くなる時代になった。起業する前は起業することが一番の困難と思っていたが、続けることの方がもっと難しいということに気づいた瞬間でもあった。

【独り言】インターネット創世記の1995年に右も左も分からずにその当時の大学生2名とEyes, JAPAN(http://www.nowhere.co.jp/)という魔法と区別がつかない優れたテクノロジーを創造する会社を26歳で起業してから、あと16日、2016年9月1日に21年目を迎える。あまり昔話をするのは好きじゃないけど、ちょっと今日はセンチメンタルな気分なので書いてみる。 若い頃は田舎が嫌で会津を捨てて東京に逃げて行ったけど、1993年に自分の愛する故郷に戻って、たまたま県職員として潜り込めた会津大学でインターネットの無限の可能性にただただ魅了された。そこでは会津大学の初代学長國井先生の「アメリカでは優秀な学生はみんな大企業なんか行かないで自分でスタートアップをはじめる」という話にすっかりその気になり、GNUの聖人リチャード・ストールマンからフリーカルチャーのマントラを直接聞く機会に恵まれたり、誰よりも早くMosaicでホワイトハウスのホームページを見て当時の大統領だったビル・クリントンの飼い猫ソックスの鳴き声(ダウンロードに3分以上かかって「ミャオ」っていうだけだったけど)を最初に聴いた時のあの感動は未だに忘れない。産業革命に匹敵するような人類でも最大の時代の変わり目のまさに”Right Time, Right Place(適切な場所に適切なタイミングで)” に立ち会えたのは本当に幸運だった。

4,639,118,400秒(起業して147年)
4,639,118,400秒(起業して147年)

“I don't suffer from insanity, I enjoy every minute of it.” -Edgar Allan Poe 今年の9月で自分の会社であるEyes, JAPANを始めて20年になる。そもそも2人の学生と一緒に1995年に起業した時の初代の社長(というか代表か)は自分ではなく、会津大学のとても優秀な第1期の学生で、自分はあくまでも優秀な彼らを助ける役だった(その後に映画”Social Network”ばりの愛憎劇があった結果、1997年に法人化した時に誰もやらないのでしょうがなく自分が社長になった) 起業したての頃は一日20時間働いても半年で6万円しか手元に残らなかった。もちろんお金が無いので親の家に居候し事務所も父の設計事務所を勝手に間借りしていた(ちなみにその時の家賃はまだ払っていない!)。そんなお金がない時期に、家に帰ると机の上におふくろの財布が無造作に置いてあり、ちらっとお金が見えた時に何度も悪の誘惑に駆られたが、26歳にもなってここでおふくろのお金を盗ったりしたら俺は人間失格だ!人間失格だぞ!と自分に何度も言い聞かせ、なんとか我慢をしていた(今でもその時お金を盗まなくて本当によかったと思う…)結局、20〜30万の役員報酬を定期的にきちんともらえるようになるまでは5年以上かかった気がする。

Proud to be Startup.
Proud to be Startup.

アイデアと移動距離は比例する — “アイデアと移動距離は比例する” は一世を風靡したフランスの哲学者のジャック・デリダの言葉であるが(よくある誤解でこれを高城剛が最初に言ったという説もあるが私個人はデリダが先だと思う)、まさにその通りと実感することが多い。個人的には2013年は、神戸や東京、石巻、大船渡など国内だけではなくアメリカ(サンフランシスコ、LA、ラスベガス、オースティン、バークレー、シリコンバレー)、フィンランド、ドイツ、エストニア、ラトビア、リトアニア、台湾など世界各国を飛び回った一年だった。もともとふだんは田舎に住んでいるため仕事の打ち合わせなども東京などに出掛けることは多いのだが、国内にいるときでも月平均で約1,000km以上は車で移動している。 海外は仕事だけではなく、気になっているテクノロジーのコンファレンスなどには場所を問わず積極的に参加するようにしているので必然的に海外に行く機会も多い。また若い才能にあふれた学生にぜひ世界のトップクラスを感じてほしいため一緒に連れて行くことも多い。という話をすると必ず周りから「海外いいですね〜!」と言われることも多いのだけれど、実際は時差ぼけや、言葉の壁、習慣の違い、環境の違い、移動、国内と国外の仕事の二重の仕事をこなさなくてはいけない、食事の違い、愛する家族と離れて過ごさなくてはいけないことなど数多くのストレスがある(今まで数多く旅しているがいつもエコノミーでビジネスクラスに乗ったことは無い!)。

All Around the World
All Around the World
Jun Yamadera

Jun Yamadera

A Monk among the Priests: “I’m a real rebel with a cause”. Unicorn/Chief Chaos Officer, Eyes, JAPAN http://www.nowhere.co.jp/