Proud to be Startup.


“I don't suffer from insanity, I enjoy every minute of it.”
-Edgar Allan Poe


今年の9月で自分の会社であるEyes, JAPANを始めて20年になる。そもそも2人の学生と一緒に1995年に起業した時の初代の社長(というか代表か)は自分ではなく、会津大学のとても優秀な第1期の学生で、自分はあくまでも優秀な彼らを助ける役だった(その後に映画”Social Network”ばりの愛憎劇があった結果、1997年に法人化した時に誰もやらないのでしょうがなく自分が社長になった)

起業したての頃は一日20時間働いても半年で6万円しか手元に残らなかった。もちろんお金が無いので親の家に居候し事務所も父の設計事務所を勝手に間借りしていた(ちなみにその時の家賃はまだ払っていない!)。そんなお金がない時期に、家に帰ると机の上におふくろの財布が無造作に置いてあり、ちらっとお金が見えた時に何度も悪の誘惑に駆られたが、26歳にもなってここでおふくろのお金を盗ったりしたら俺は人間失格だ!人間失格だぞ!と自分に何度も言い聞かせ、なんとか我慢をしていた(今でもその時お金を盗まなくて本当によかったと思う…)結局、20〜30万の役員報酬を定期的にきちんともらえるようになるまでは5年以上かかった気がする。

ただ1990年代初期のインターネット創世記の時代に幸運にも立ち会えた人々は時代の寵児であったマークアンドリューセンだけではなく、自分の好きな誰もやっていないことをやれる喜びと自分たちこそが未来を創っているという使命感で突き動かされていたとても幸せな時代だった。

その後しばらくしてITバブルがあり、自分の会社にも「2億円投資するから俺と一緒に上場しよう?」とか「2,000万円あげるから俺とやろう?」といったような怪しい輩がいっぱい寄ってきたけど(ちなみにその人たちは今全員いなくなった)、結果的に東京ではなく会津若松という地方都市にいたおかげでバブルの恩恵にもあずからなかったが、そういう狂騒に巻き込まれることも無かった。そしてブロードバンドの普及とITがコモディティになったなり、ハーバードビジネスレビューの”IT Doesn’t Matter”しかり、ITだけでは競争優位性は無くなる時代になった。起業する前は起業することが一番の困難と思っていたが、続けることの方がもっと難しいということに気づいた瞬間でもあった。

今では起業するのもすごくイージーにできる時代で、学生の間だけプチ起業したり会社を売却するという選択肢を取る若い起業家も多いけど、自分にとっての会社は自分の好きな「テクノロジーのエッジ」を追い続けてきた自分の人生そのものであるので、自分の人生をあきらめたり売ることは絶対にできない。

よく周りから聞かれるのは「Eyes, JAPANってどういう会社?何で食ってるの?」って質問をされることが多い。(ちなみにこの質問は親しい人に聞かれると「親に説明できない仕事(=つまり親に説明できるような仕事は大した仕事じゃない)」とか「魔法と区別がつかない優れた技術を創ってます(アーサーC.クラークの第三法則!)」って優しく説明していますが、仕事もくれない嫌いな人に聞かれると、「あんたの奥さんの下着の色なんですか?」って聞き返したいくらい下衆で余計なお世話だからほっといてくれって思っちゃう)

では、自分の人生を賭けて追い続けている「テクノロジーのエッジ」ってなんだろう?普通の会社は、例えば「携帯のゲーム開発やってます!」とか「医療のソフトウェア開発をしています!」とか”業種”という括りで分類されることが多いけど、デザインやCG、自転車のIoT、医療セキュリティから農業も仕事の領域としている自分にとってはあくまでも業種という括りは全くナンセンスで、「テクノロジーのエッジ」とは、今はとてもダサくて一見ITなんか全く必要とされなく誰もその可能性に気づいていないけど、オープンソースやシェアカルチャー、そしてセキュリティのようにこれから世界を一変させるような力を持ったもの。そういったノビシロの大きい未踏の大地を踏みしめる喜びを追い続けているのは、会社を始めたときの原体験が大きいかもしれない。1993年当時、日本でweb制作できる人は本当に限られた人だけで、当時テキストエディタで書いた1ページで10万円をもらっていた。それが今では1ページ数百円で制作する人もいる。その違い。もちろんパイオニアとして誰もやっていないことをするにはマニュアルもないし、自分で調べながら学ぶしかない。ノウハウが溜まるまでには膨大な時間もかかるけど、先行者利益も大きいしなにより自分が未来を創っているという楽しみがある。ただノウハウが溜まって他の人でもできるようになると途端に興味がなくなるのが自分の悪い癖だと自覚もしているし、苦労をかけている妻にもよくそれで怒られる(だってビジネス的には一番大変なところだけどやって一番おいしいところはやらないから)。そういう意味では自分は0を1にするのは非常に得意だけれども1を100にするのはとても苦手ということ(という話をスタッフにしたら「え?最初からそう思ってたんですけど自覚なかったんですか?」と聞かれた…)。また人材が圧倒的に少ない地方にいるからとかいろいろ言い訳をしながらも、そういう1を100にできる右腕を見つけられなかったことは本当に反省すべき点だと思っている。また同じく起業した友人たちがVCから投資を受けたとか、上場したという話を聞くと「おめでとう!」とは言ったわもののあいつにできてどうして自分にはできないんだろう?と悩み眠れない夜を過ごした時も何度もあった。

よく「Eyes, JAPANはベンチャー企業ですか?」と聞かれることが多い。自分自身は起業の聖地であるシリコンバレーにも20年近く毎年行っており海外経験も多いのでその質問には多少の戸惑いを感じる。自分ではEyes, JAPANは決してベンチャー企業ではない。いわゆる「スタートアップ企業」だ。そこで自分の大好きなサンフランシスコの友人Brandon Hillが書いた記事を読んでみよう(ちなみに自分の大好きな記事の一つ)。

ベンチャー企業とスタートアップの違い:
http://blog.btrax.com/jp/2013/04/22/startup-2/

自分は今後Eyes, JAPANを上場させるつもりはないし、投資を受ける予定も今の所ない。ただすごいハッカーやヒップスターたちと自分たちの大好きな今までに無い魔法と区別がつかないイノベーションを通じ、人々の生活と世の中を変え続けていければと考えている。もちろんその中で大きくスケールするような事業があれば別会社をつくり世界を目指したいと思う。ただスタートアップは最終的にIPOやバイアウトなどを通じ投資家に大きなリターンを収益モデルとするのが存在意義である。でも自分がEyes, JAPANで過去20年ずっとやり続けたかったことは、IPOやバイアウトというエンディングを拒否しつづけ、好きな仲間とスタートアップという熱気と狂気を永遠に続けることだったのかもしれない。

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