カンヌに憧れたニューヨークの朝
Nov 6 · 2 min read
2013年の初夏,NYのドミトリー.朝起きてベッドの上でSNSを確認していたらある動画が流れてきた.「Sound of Honda / Ayrton Senna 1989」というHONDAのブランドイメージ向上目的の広告動画だ.
走行データから光と音の演出でセナを蘇らせる.これはエモい.今ここにいない人と時空を超えてつながった感覚なのか,ただの数値データが音と光で加工されることで命をもったように感じたのか,うまく言語化できないが感動した.すぐに隣のベッドのバックパッカーにもこの動画を見せて,僕もこんな作品を将来作りたいと思っている,そんなことを語ったような気がする.
製作はライゾマティクス.もともと興味はあったしファンでもあった.しかしアートとプログラミングをしっかりやってみたいと思ったのはこの時からだったと思う.後にこの作品は広告賞の最高峰カンヌライオンズのチタニウム,最難関のD&ADのブラックペンシルを受賞する.今はそれほどでもないが20代の半ばに広告賞を目標にしていたこともあったのはその影響.
このように僕は感動ドリブンでものごとを決めることが多い.その次は市場に需要があるかどうかを確認.感動と市場がうまくマッチしたら仕事にするといった感じだ.
若いw
感動ドリブンは若いからこその感覚なのか,年を重ねれば価値観が変わっていくのか.それは分からないけれど,今のところはまだあの頃と同じ気持ちのアラサー男子です.
