地方から考える共創とイノベーション — NICCA INNOVATION CENTER

論考:小堀哲夫(小堀哲夫建築設計事務所代表 法政大学教授) |064|202204特集:わたしの街のワークスペース

小堀哲夫
建築討論
Apr 21, 2022

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図1:日華化学の研究施設「NICCA INNOVATION CENTER」外観。(撮影:新井隆弘)

働くこととは何か、本質から問う

2017年に福井を代表する企業である日華化学のオフィス「NICCA INNOVATION CENTER」(図1)を設計した。同社は1941年に創業した化学メーカーであり、創業75周年を契機に、福井市の本社敷地内に従来の研究所に増築するかたちで新しい研究施設をつくることになった。

現在はテクノロジーが進化して、街中にはシェアオフィスやカフェなどさまざまな働く場が乱立し、“場”の飽和状態にある。特にここ数年はコロナ禍で働き方が急激に変化し、企業は「そもそもオフィスをつくる意味とは何か」という大きなジレンマの中にあると言っていい。いま振り返ってみると、日華化学の設計はコロナ前ではあったが、働き方の大きな転換期の端緒にあったと感じる。

福井県民は幸福度が高く、ものづくりを大切にする風土が根づき、真面目な県民性である。一方で、これからの働き方に対する具体策について迷いを抱いている企業は少なくない。最先端の技術を有する日華化学も同様な悩みを抱き、従来の働き方を変えていく必要性とイノベーションを求めていた。我々は、福井のポテンシャルを新たな発想やイノベーションにつなげるためには、異文化や他者を受け入れることの化学変化が必要だと感じた。

先方から提示されたテーマは「HAPPY WORK PLACE」である。建物の設計だけでなく、規模感やどのようなオフィスにすればいいのかという企画から参加することになった。同志社女子大学名誉教授の上田信行先生が提唱する考え方のひとつに「KDKH(K空間・D道具・K活動・Hヒト)」というものがあるが、一般的に建築家が「K空間」と「D道具」を設計し、「K活動」と「Hヒト」をクライアントが考えていく。しかし、これからの新しい働き方やイノベーションを起こすオフィスをつくるには、4つの要素を建築家とクライアントがともに考える必要がある。そこで我々は、上田先生を中心に、日華化学と7回のワークショップを実施した。デザイン以前に「自分が望む生き方とは何か?」「働くとはどういうことなのか?」という本質的なことから議論していったのである。

社員がオフィスに居る時間はとても長く、オフィスでどれだけ主体的に仕事に取り組めるかがクリエイティビティの鍵を握る。ワークショップ開催当初は「自分の席はどこか」というような論点だったが、模型を囲んで具体的に議論するなかで既成概念が崩れ、その論点からは早々に脱していった。ワークショップを重ねることで、社員一人ひとりが「自分はこの場所でどのように働き、どのように成長していきたいか」という具体的なイメージを描けるようになっていった。自分がいかに企業というピラミッド構造のなかで生きてきたかに良い意味で気づき、「働く場所は与えられるものではなく、自分たちでつくっていくものだ」と捉えられるようになる。主体性を持って動くことに喜びを感じ始めると、行動にもドライブがかかっていく。リズ・サンダース(★1)は2014年に「Design with people」を経て30年後には「Design by people」の時代が到来すると語っている。これからは使い手自身がデザインする感覚を育てる時代なのだ。

共同体に他者を受け入れる

日華化学は創業から「大家族主義」の精神を大切にしている。それは、社員みんなが一つの家族であるという相互扶助の精神である。そうした伝統に加えてこれからは、共同体の中に他者を受け入れる場をもてるかどうかが重要になる。公共施設であれば容易なことだが、民間企業のオフィスでどのように公共性を実現させるかは非常に難しい。それは大きな設計のテーマの一つとなった。

設計では「バザール(市場)」をテーマにした(図2)。東洋と西洋が混じり合うトルコのイスタンブールにあるグランド・バザールをイメージしたが、バザールは人やモノ、情報など様々なものが行き交い、街中を歩く楽しさがある。そんな場所にイノベーションは起きる。もともと福井も中世から日本海交易の重要な拠点であり、大陸からの文化が持ち込まれる最先端の地域だった。我々はこのプロジェクトを通して、福井から世界へと発信するような創発の場をつくりたいと考えた。

図2:内観。「バザール(市場)」をテーマに設計をした。(撮影:新井隆弘)

日華化学では、これまで閉じられていた研究室をガラス張りにし、中心に自由に集まれる広場のようなオープンスペースの3つの「コモン」を設けた。ガラスの研究室は視覚的にシームレスにつながり、コモンと一体の研究コミュニティを形成しながらスピーディーな交流を生む。コモンにはフリーアドレスの執務エリアを置き、可動式の「イノベーションデスク」を導入することで自由自在なレイアウト変更を可能とし、社員一人ひとりが自らの意思で働く場所を決めていけるようにした。

4層のオフィスは、上から下まで常に“見る・見られる”という関係が成立する大空間であり、都市空間を歩くような楽しさがある。福井は日照時間が少ないことから、天井をコンクリートスリットスラブにして自然光をとり入れ、福井平野に南北に吹く卓越風をとらえる屋根形状によって自然通風を促した(図3・図4)。1階のコモンは地域の住民も入れる「パブリック・コモン」とし、街とオフィスを隔てる塀をなくして、外構も公園のような雰囲気にした。敷地の一部にはベンチを置くなど歩道として提供している(図5)。2、3階のコモンは社員のためのものだが、今後は発展的に外へと開いていく場となるよう計画している。

図3:内観。天井のコンクリートスリットスラブから自然光が降り注ぐ。(撮影:新井隆弘)
図4:図面。(提供:小堀哲夫建築設計事務所)
図5:外構は地域の人に親しまれるよう公園のような雰囲気に。(撮影:新井隆弘)

幸せな「居場所」がどれだけあるか

「NICCA INNOVATION CENTER」のコモンでは、社内での化学反応が生まれるだけでなく、他者とのワクワクする出会いによって社外のアイデアやリソースも加わり、イノベーションが加速していく場所である。

ワークショップを通して社員が「オフィスをどのように運営していくか」あるいは「活用していくか」を考えていったため、建物が完成した後の場の活かし方が具体的であり、非常に有用である。1階の多目的スペースは、「XSCHOOL(エックススクール)」(★2)という定期イベントを通じて地域に開放したことがある。このイベントは福井県の産業と日本国内のクリエイターをつなげる活動であり、コロナ前には若手デザイナーや学生など200人以上の様々な分野の人たちが県内外から集まった。2019年6月には日本で初のZDHC(★3)主催のセミナーが開催され、大手アパレルや素材メーカー、染色加工場を含む国内の繊維産業に関わる約130名が参加した。また、社員が中心となって企画している地域交流イベント「いこっさNICCA」も開催して近隣の人々に会社を改めて知ってもらう活動も行うほか、日本各地から企業が毎月のように見学に訪れ、県内の中学生が修学旅行の一環で訪れることもある。社員が主体的なマインドをもったことで、竣工と同時に様々な取り組みが一気に動き始めた印象である。

XSCHOOL開催時の様子(撮影:Kyoko Kataoka)

他者をとり込むことでオフィスは魅力的になり、企業を内包する街自体も面白さを増していく。オフィスと街の境界は曖昧になり、人やモノ、情報が行き交う。様々な要素が入り混じるバザールのような場所に人は自然と集まる。福井という風土とポテンシャル、県民性はそれを十分に秘めていた。

オフィス設計は合理的に考えがちだが、そこで働く人はロジカルで理にかなった設計よりも、「なんだか心地いい」というような感情に引っ張られるものだ。これからは東京と地方の差はなくなり、住む場所も働く場所も自らが選ぶ時代になる。同じ場所に留まる必要がなくなるからこそ、エモーショナルなものを基準に選択するようになるはずだ。豊かさとは選択肢の多さである。自分が幸せを感じられる居場所がオフィスに、街に、どれだけあるか。それが街やオフィスの魅力を測る尺度になるのではないだろうか。



★1-オハイオ州立大学デザイン学部准教授。共創やイノベーションにフォーカスしたデザインリサーチ分野の第一人者。
★2-福井の文化や風土を紐解き、社会の動きを洞察しながら、未来に問いを投げかけるプロジェクトを創出する事業として全国各地から専門性の異なるメンバーが集い、プロジェクトを創出しコミュニティを育んでいる。日華化学はパートナー企業としても参画し、NICも発表会場として利用されていた。https://makef.jp/archive2016/make-f-lab/
★3-Zero Discharge of Hazardous Chemicalsの略称。繊維製品・革製品・靴製品製造時の有害物質の使用を制限することを目的とし活動し、世界的な大手アパレルブランドメーカーや繊維加工のサプライチェーンに関わる団体が加盟。

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小堀哲夫
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建築家・法政大学教授。1971年岐阜県生まれ。1997年法政大学大学院工学研究科建設工学専攻修士課程終了後、久米設計入社。2008年(株)小堀哲夫建築設計事務所設立。2019年「NICCA INNOVATION CENTER」で二度目のJIA日本建築大賞を受賞。2020年〜法政大学デザイン工学部建築学科教授。