アリ・スミス:「この小説には二つの読み方があるけれど、結局どちらかで読むことになる」

K. Abe
K. Abe
Nov 4 · 17 min read

アリ・スミス(Ali Smith)は不思議な作家で、彼女の作品を読めば読むほど分裂していた自分の中の何かが少しずつ縫合されていくような感覚がある。

最初に読んだ彼女の本は 『Autumn』だった。イギリスの本屋で何でもいいから何かフィクションを読もうとペーパーバックの棚を眺めていて、装丁の美しさに目を惹かれてその本を購入することにした。それをカウンターに持っていったら、書店員の人が、「アリ・スミスの新作、『Spring』が上梓されたっていうツイッター見た?すごく面白いらしいよ(多分、このツイートのこと)」と、話しかけてくれたのでそこで少し会話があった。

チェーンの本屋で本を買ったときに、その本について書店員と話すことはあまりない。しかし、思わずそれについて話したくなってしまうような強い魅力がアリ・スミスの本にはあって、彼女がイギリスではかなり人気の作家、特に本が好きな人たちの間で人気な作家なのだということを実感した。

アリ・スミスはどんな人なのだろう?そう思って英語の記事を探していて、イギリスの新聞『The Guardian』紙上に掲載された批評家アレックス・クラークによる彼女へのインタビュー記事を見つけた。

以下は、そのアリ・スミスのインタビュー記事の翻訳です。

オリジナルの記事は2014年9月6日に発表されたもので、翻訳権の許諾をガーディアン・メディア・グループから受けて翻訳しています。


研究者から小説家に転身したアリ・スミスがモダニズム、想像力、そしてなぜ彼女が生涯弁護士にはなれないのかについてアレックス・クラークに語ったこと

アリ・スミス 「私は言葉が好きなんです。そして蝶、雲の形、電車の種類なんかも」

ケンブリッジのアリ・スミスが住む連棟家屋(テラス・ハウス)を訪れる者は、すぐに彼女の物語の一つの中に迷い込んだような錯覚に陥ることだろう。まずはじめに、通りを行ったり来たりしても、スミスの家は簡単には見つからない。立ち並ぶ家屋の間にある目立たない隙間を見つけたならば、それが正しい道筋である。そこを進んでいくと突然、片側に小さな家屋の列が見え、その反対側にしなだれるようにバラが咲いている、小さな行き止まりが現れる。普通の時間の外にあり、また現実世界の端の向こう側にある、秘密の世界の感覚、魅惑的な雰囲気がそこにはある。スミスに案内され家の中に入っていくと、数列のレコードとともに、本や雑誌が危なっかしくぐらぐらと積まれ、ポストカードや写真がピンで留められている。それを見ると、この小説家の幻想的、拡張的、時間超越的、言語曲芸的な作品たちと、彼女の住む世界、そして彼女自身の間には明白な重なりがあることに気がつくだろう。

スミスの著作は、短編小説集と『ホテルワールド(Hotel World)』(2001)や『The Accidental』(2005)などの長編小説にほぼ均等に分けられる。この二冊はオレンジ賞とブッカー賞候補に選出され、『The Accidental』はその年のウィットブレッド賞(訳注:現在のコスタ賞の前身)を受賞した。また、2012年にスミスは『Artful』という四編のエッセイ集を出版した。このエッセイ集は、彼女がオックスフォード大学で行った講義をもとにしたものだが、スミスはその内容に、パートナーとの死別に打ちひしがれつつ、彼女/彼のパートナーが残した大量の講義ノートを見つけた架空の語り手を加えている。この本は極めて遊び心にあふれており、また、スミスの作品に繰り返し現れるテーマであるジャンルの定義を変化させるような芸術とその起源、本質、使い方についての徹底した思考に満ちている。そして、これらのテーマは今年(訳注:2014年)のブッカー賞候補に選ばれた『両方になる(How to be Both)』に最も強く現れていると言えるだろう。

『両方になる』を読み解くためのヒントはその題名にある。この物語は二つの部分で構成されている。ひとつは、母親を突然亡くした十代のジョージという少女の物語であり、もうひとつは、フランチェスコ・デル・コッサというその実像はよく知られていない15世紀イタリアのフレスコ画家の人生について想像された物語である。この小説には二つのバージョンが存在するというしかけがある。ひとつめのバージョンでは、ジョージの物語から始まり、もうひとつは、デル・コッサの物語から始まる。それぞれの物語は、もう一方の物語への参照が含まれているが、それらは別々に読むこともでき、どんな順序で読むことも可能である。この本を本屋で購入するにしろ、電子書籍で購入するにしろ(この場合、両方のバージョンがデバイスに配信される)、読者はどういう読み方をするのかを自分で選択するか、偶然に身をゆだねることになる。

箱の中に入った各章を入れ替えて無作為に読むことができるB.S.ジョンソンの『The Unfortunates』という小説ほど奇抜ではないかもしれないが、それでも『両方になる』の試みはかなり極端に見える−−が、本当にそうなのだろうか?彼女の作品が示唆するように、いたずら心に溢れたスミスはそうではない、と主張する。「私にとってそれはとても単純で地味な試みなのです」簡単に言えば、彼女は本というものが「どんな読み方も可能である」ということを明らかにするのを望んでいる。ポルトガル人のノーベル賞受賞作家、ジョゼ・サラマーゴの物語のテーマに対する考え方に触発されたスミスは、特に物語の「シンクロニシティ(共時性)」の問題を探ることに興味を持っている。実際の人生ではあらゆる種類のできごとが同時に発生するが、小説のページ上では、あるできごとが別のできごとに先立って起きなければならない。 スミスは「それが、小説を道徳的な形にしている。小説には順序と結果が必要だが、それは小説が社会、そして時間に縛られている理由の一つである」と説明する。

このスミスの強い関心を反映して、『両方になる』ではフレスコ画の魅力が描かれ、それは構造と物語の両方に影響を与えている。「この小説は、フレスコ画の形のようなものだ」とスミスは言う。「本物のフレスコ画のように、最初のバージョンのフレスコ画が表面の絵の下には存在している。壁にフレスコがあるとします。あなたと私はそれを見ている。目の前のフレスコ画の、その下には別のバージョンのフレスコ画がある。表面の作品と関係があるかどうかはさておき、私たちの目の前には両方のフレスコ画が存在しています。けれど、一つしか見えない。というか、最初は一つしか見えないのです。だから、私はすべての物語は、下にある物語とともに進んでいくものだと感じています」

スミスはとても知的にフィクションを作っているように思えるかもしれない。ある程度は確かにそうである。彼女は研究者としてキャリアを始めた人物であり、彼女の博士課程時代の研究テーマは、モダニズム文学における「普通(ordinary)」の重要性についてだった。しかし、それ以降の彼女の仕事は(そして今も)退屈でニヒリスティックな知性主義からモダニズムを取り戻すことにある。「人々は、モダニズムは祝福とはかけ離れたものと見なしてきました。それは亀裂であり、空白の周囲に作られた芸術だとみなしてきたのです。しかし、モダニズム文学というのは、本当は私たちの存在を祝福するものです」この考えを証明するために、スミスはウォレス・スティーブンスが「世界を思考の隅に追いやるような、よりクールで臨床的な思考をする自己」を発明する前に、彼がフロリダの大きなひれを持った植物たちや豪奢でエキゾチックな動物たちについて書いた華麗な美しい詩を引用する。 批判理論が重視された1980年代の博士過程について振り返りながら、彼女は「そのようなことについて論文を書きたいと思うのは、その当時時代遅れのことなのは、確かでした」と苦々しく付け加えた。

しかし、第一次世界大戦後のモダニズムに対する彼女の見方の大部分は、彼女の作品に満ち溢れた喜びの中によく現れている。『両方になる』は、彼女が美術雑誌『Frieze』をめくった時の心情に基づいて書かれている。雑誌を開き、フェラーラにあるシファノイア宮殿のフレスコ画の写真を見つけた彼女は、思わずその場で足を止めた。「その絵の中の人物はただ、ぼろを着た男性でしたが、私がこれまで見た誰よりも美しい男性の一人だった。彼はぼろぼろになった豪奢な服を着ていました。彼は裕福のようであり、同時に貧しそうでもあるーー破壊されているようでもあり、しかし同時に何者も彼を打ち倒すことができないように見えた。何も、誰も彼を倒すことはできない。それは、私が今まで見た中で最も力強いイメージのひとつのように見えました」

その絵にとりつかれたスミスは、彼女のパートナーであり映画製作者であるサラ・ウッド(ウッドはスミスのフィクション兼伝記である『Shire』(2013年)に挿画を提供している)と共に、急いでフェラーラに実際にその絵を見るために赴いた。イギリスに戻った後、スミスは別のことに関する小説を書き始めた。 その小説は「悪くない」ものだったが、四ヶ月後のある朝、スミスは「間違った本を書いていることに気が付いていた」という。そこで彼女はしばらくその作業を横に置いておき、「子供の目で」ルネサンスについて読み始め、デル・コッサについてできる限り知ろうとした。 「私は自分自身がそれを求めていたことを、否定することができなかった」と彼女はその時のことを思い返す。 「それは、本当に少しのことしか世界に残されていない、しかし残されたその少しのことがとても豊かなものである、そういう人生に近づこうとすることでした」

スミスは自分自身については「本当にダサい、マニアックな愛好家」と表現している。本の持つ力に若い頃から気がついていたかという問いには、「ああ、いつでも!」と彼女は笑って答えた。「『シャーロットのおくりもの(訳注:原題はCharlotte’s Web)』は私を大きく変えた本です。本に恋をするとき、言葉が私たち人間に特別に作用するために、とても面白くて刺激的なことが起こるのです。私は言葉が好きなんです。蝶、雲の形、電車の種類なんかも。何と言ったらいいのか…世界は「増殖」なのです」

スミスは最近52歳の誕生日を、エディンバラ国際ブックフェスティバルで過ごした。そこで彼女はゲスト審査員を務め、アメリカの有名な短編作家であるリディア・デイビスのインタビューを行った。スミスは公共の場にでることにはあまり関心がないと言っているが、彼女は過去の作家であろうと存命の作家であろうと支持を表明し、忘れられた傑作の紹介に貢献したり、作品を記念するパネルに登壇することには熱心である。例えば彼女はアンジェラ・カーターやトーベ・ヤンソンの作品を記念する公開討論会に出席し、エディンバラでは「天才」として知られるニコラ・バーカーの珍しい姿を公共の場に引き出した。

スミスはインタビューされることもあまり好きではなく、めったに受けないという。「まったく話すことがないので!同じ話を何度すればよいというのでしょう。私自身について話すことは、本当に何もないのです」

スミスは、五人兄弟の(数年差で)最年少の子供としてインバネスで育った。それは「理想的な子供時代」だったと彼女は言う。彼女の両親たちは、親の死と資金不足によって、幼い時に教育を諦め、労働の世界に入っていくことを余儀なくされた。スミスの母親は、北アイルランドの北海岸からの移民で、(訳注:インバネスの面する)マレー湾を行き来するバスの女車掌になった。そして、彼女は十分な年齢(訳注:二十歳)に達してから、婦人補助空軍(AAF、Women’s Auxiliary Air Forceの略)に加わった。ある日、寝室の配線を修理するために、二人組の電気技師が婦人補助空軍へとやってきたが、そのうちの一人がスミスの父親だった。彼女は「The Story of Folding and Unfolding」という題名の短編小説で彼らのこの出会いを描いている。ーー「私の作品はあまり自伝的なものはないですが、これはそうですね」ーーその物語には、スミスの父親の仲間がすべてのロッカーを開き、女の子たちの下着を見るというシーンがある。そこに通りかかったスミスの父親は、すべてのものが美しく折りたたまれているロッカーに目を留めた。 「それで私の父は、「これは誰のものなのだろう?」とロッカーの上に書かれた名前を確認し、それから「私はこの女の子に会いに行く」と言ったそうです」

スミスの父親は、ネス湖畔で住宅の配線を行う小さな請負事業会社を設立した。彼が仕事を請け負った家のひとつには、『Ring of Bright Water』の原作者であるギャビン・マックスウェルのものもあった。マックスウェルについてスミスの父親は「そうだろうなと思っていたが、彼はわりと面白い人物だったよ」と、娘に語ったという。教育の機会を奪われたスミスの両親は、彼らの子供たちが大学教育を受けられるように仕向けた。彼女の両親は、子供たちが大学卒業後につく職業もしっかりと念頭に置いており、スミスには弁護士になることが期待されていた。「私は自分が法律家にまったく向いていないことはわかっていました。私は自分を守るための議論をすらできないんですから、まして他人なんて。そして、そして、私は自分が何をやりたいのかはわかっていました」彼女は英文学科で勉強したいと思っていたが、両親はそれを望んでいなかった。しかし、そのことによって家族間に対立が生じることはなかった。「五人家族の中では、時折石のようにじっと座り、自分の立場を守ることを学ばなければいけないのです。私は親からのプレッシャーを感じましたが、私も同様のプレッシャーを親たちに返し続け、それはある時点で解決されたのです」

スミスはアバディーン大学へ行き、非常に良い成績で卒業し、最終的にケンブリッジ大学で博士号を取得した。そして、彼女はストラスクライド大学で講師の仕事に就いたが、彼女の人生がありとあらゆる意味でほつれ始めたのは、この頃のことだった。まず、数年間健康状態のよくなかった母親が亡くなった。また、スミスは働きすぎのために、二十七歳のときに慢性疲労症候群を発症し、そこから回復するのに何ヶ月も要した。彼女は、その頃の自分を、ウルフの病人についての描写である「時間の端を漂う風に吹き飛ばされた葉」になぞらえている。そして、スミスは「どの道へ進むのかを決めるために、そこで立ち止まらなければならなかった」と振り返る。

その当時、学問はビジネスになりつつあった。スミスは、学生たちのことをクライアントと呼ぶように言われたこと、人数の多すぎるセミナーで全員の学生の名前を覚えることができなかったことを思い返す。教育についての話題は、彼女の怒りと失望を呼び起こすものだった。「私の両親はどちらも高等教育を受ける機会を持たなかった。けれど、私たちの世代は皆がその機会を持っていた。そして今、再び人々はその機会を獲得することができなくなっている。私たちは、人々の「開かれた教育を受ける権利」を拒否して何をしているのか?私たちは教育をこれほど大金がかかるものにすることで、その権利を否定している。いったい全体どのようにして人々にそれを賄えというのでしょう。私は最後の幸運な世代の一人だった。私たちは完全で開かれていて、また、自由な教育を受けることができた。しかしなぜ、私たちの世代は私たちの次の世代の人々にこのようなことをしているのでしょうか」

しかし、学界の損失は文学界の利益になった。スミスとウッドはケンブリッジに戻り、慢性疲労症候群から回復中だったスミスは、「物語のようなもの」を書き始めた。それは最初は「ただ仕事のために腕を再び動かすための、「運動」のようなもの」で、最初の頃は何かを書くと言う作業をする中で、自分が何をしようとしていたのかはわからなかった、と彼女は言う。 「私はただ、物語は多くの形をとることができる、という考えに興味がありました」初期に書いていたものは、「非常にエネルギッシュで、その多くが人生の儚さ、死の必然、そして終焉」についてのものだったと彼女は述べている。

最初の短編集である『Free Love and Other Stories』が1995年に出版されて以来、スミスは長編と短編を交互に書く傾向がある。それは彼女が短編小説は自由度が高いが、長編小説は種類と時間の枠に縛られていると考えているからである。

「長編小説は一本道、あるいはひとつの時計のようなものです。秒針は一分ごとに一周します。ある点から始まり、ある点で終わるのが普通です」好きなところから読み始めて、好きなところで読み終わることができる。あなたの新しい本を除いてはね、と私が言うと、彼女は「わかっていますよ!」と弾けるように笑い出した。そして、少し考え込んでから、こう続けた。「でも、それでもやはりある点から始まり、ある点で終わる。この本をどう読もうと、そうなってしまう。この小説には二つの読み方があるけれど、結局どちらかで読むことになる」

その形がどうあれ、スミスのフィクションは常に特定のテーマに回帰する。例えば、二重性、愛とその喪失、時間とその経過、私たちが互いを見つけるための方法、などである。そしてこれらのテーマは、企業文化、機械化された戦争、監視システムの台頭などの政治的懸念と融合された形で提示される。また、彼女の作品は豊富な言葉遊び、時間の中で崩れていく言語、例えば胸からバラの茂みを芽吹かせる女性のような「変態(メタモルフォーゼ)」の瞬間、ジェンダーの変化などに見られるように、寓話的なものと日常的なものの両方を融合させる。そこには異質さと共に、豊饒さがある。

彼女の作品に頻繁に現れる登場人物のタイプは、子供と、そして謎の来訪者である。例えば、『The Accidental』には、招待されていないにも関わらず突然現れたアンバーという女性が、また『There But For The』には、ディナー・パーティーの最中に、自分自身を寝室に閉じ込め外に出ていくことを拒むマイルズという男性が現れる。これらの登場人物たちは、しばしばとても破壊的でありながら、常に物語を動かす触媒の役割を果たしている。いったい彼らは何者なのか。「私たちがより大きな物語ーー恐ろしく混乱している世界のできごとに目を向ければ、私たちはさらに多くの境界線を引き、概念としての部外者や異邦人をさらに恐れるようになっている」『The Accidental』は実際に見知らぬ人があなたの家を訪ねてきたとき、あなたはどうするのか、ということについての物語である、とスミスは言う。「あなたはその人を家に招き入れますか。すべての寓話や神話がそうであるように、その人が神々であったならばどうしますか。それとも、その人があなたからすべてを盗んでいったらどうしますか。あるいはその来訪者が神々と盗人、その両方であった場合は、どうしますか。私たちは受け入れることを忘れてはいけないのです。人間らしくあり続けること、あるいは世界の中の異邦者であり続けること、そして迎え入れられることを、私たちは忘れてはいけないのです」

大のギリシャ好きであるスミスは、金融危機が始まった時にギリシャの友人と話したことを覚えている。その友人の女性は、ギリシャ人たちが自分たちのよき資質である友好性や、「見知らぬ来訪者への愛」を失いつつあるのではないかと恐れている、と彼女に言った。その話を聞いて、私はスミスの本はまさにそのことについて語っているのだと気がついた。私たちを結びつけるものを人生に持ち込む方法、そして、芸術を通してそのことを理解する方法。「一人一人の、あらゆるあり方の中で、」スミスは言う。「私たちは常に共有的な存在なのです。誰かの手が他の誰かの手に伸ばされる瞬間というのは、常に存在しています」

(2019年11月4日投稿)

翻訳:K. Abe
翻訳協力:Y. Ishizuka
校正協力:R&S. Abe

K. Abe

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http://kaoriabe.website/

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