インターネットが人類の進化なら

少し以前に人と、人間は道具を作り、火をおこして以来、進化を本当にやめてるのだろうか?という話をしたことがある。

ただ、その話の中で脳は拡大しているし、進化してるだろう。という話に至った感じだったと記憶している。

それで、それじゃ最近の人間、ここ数百年に限っての進化はあるのだろうか?と考えていた時、とある人がこんなことを言っていた。

人は内部進化を辞めただけで、外部進化をしてるんじゃないのだろうか

というもの。機械を生み、コンピューターを作り、インターネットを駆使する。そして社会を、人々を効率化する為に今を生きてる人間は、立派に進化を続けているのかもしれないと。

つまり、肉体的な進化ではなくて、道具を生む、創り出すという外部の進化で、その最大のツールは、今はインターネットかもしれないという話をした。

そして、このインターネットやデジタルデバイスはまだまだ、この社会を変えていく力を秘めている。

人工知能や仮想現実技術うんぬん。そしてそれらが、普及した時、人間には何が残るのだろうかと考えた。

いずれ、仕事は減るだろう。世界との距離は縮まるだろう。言葉の壁も下手したらテクノロジーによって消える。それ故に文化がぶつかる時代が来るかもしれない。思想や移民、マイノリティ。それらに人間が真向からぶつかる時代がくるかもしれない。そういう話をした。


それがいつなのかは分からない。けど、その時代へ社会は確実に動いていて、1ミリ1ミリ、未来へと進んでいる。まだ未来が来ていない。のではなく、もう未来が始まり出していると考えた方がいつも正しいはずだろう。

どんどん世界はシステマチック化していく。フィンテック、ドローン、自動運転、モノのインターネット化によるスマートホームにスマートデバイス、スマートシティの形成。「スマートライフ」と言えるかもしれないシェアリングエコノミー群。時間やモノ、価値をシェアし合うという効率化される社会。

それらは、人工知能なんかのテクノロジーでカバーされる。職がなくなるよりも、人は人らしい生活を送るという、何千年も昔の概念に戻るだけかもしれない。

世界も社会基盤もシステマチック化するが、人は人らしく。ベーシックインカムなどの構想が社会に反映された時は「人は人らしく生きていく」は加速していくかもしれない。

人々はその時、どんな生き物になり、何を持ち、何を誇りとする生き物になるのだろう。脳はすでに電子チップが組み込まれ、記憶の保存・取得・共有なんかの、今では不可能なことを可能にする生き物に進化しているかもしれない。

けれど、人もシステマチック化するだろうか? 心は?愛は? 人の全てもシステム化するだろうか。

僕の考えはノーだと思う。人は人らしく生きようとするはず。例えサイボーグ化し進化をしても、人の心はシステム化せず、自然の摂理の追求する方に行くのではないだろうか。

人は人らしく、愛を持って。システム化する社会と同化することはない。ただ、実際、その答えはどうかは分からない。人々が「人間」に何を望むか、どうなりたいか、「人間」はどうあるべきか、それでいつかは答えが見つかりだす。


そういえば、進化論には「生物の進化で遺伝子情報は減る」という法則があるいう説がある。

突然変異では情報が失われるため、突然変異によってより多くの情報が組み立てられることはあり得ない。

インターネットが人間の進化であると仮定して、突然変異はなんだろう。人工知能の誕生だろうか。

そして突然変異で情報が減るのであれば、社会から何が消え、とりわけ、人から何がなくなるのだろう。未来ではどうなっているのだろう。

とても気になる。システマチック化する社会や世界がではなく、人は愛を持っているのか? 今より愛を大事にしているのか? 人々は支え合えることができているのか。

システム化する社会の中で、社会とともにシステム化して、人の心を失わない人々であってほしいと思える。もしかしたら、今の僕ら世代が次の世代に何を教え、何を与えていくかで、その答えも変わってくるのかもしれない。

僕なら、人を愛することを教えていきたい。人を見比べ、人を見下げるのではなく。

システマチックな生き方ではなく、人としての生き方、あり方、心と感情、言葉、良き思想、規律的ではなく、人間味のあるものこそを大事にしていって欲しい。と考えてしまう。

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