阿Q正伝というディストピア
Jul 22, 2017 · 2 min read
魯迅の阿Q正伝という中編小説を読んだ。
無知蒙昧ゆえに周囲に流されるままにあっけなく見世物の死刑となりながらも、その死刑でさえ周囲からは同情を募られることもあっけなく死んでしまう。
阿Qは自分に都合の良いように物事をすり替えてしまう思考を持ち、抵抗できないことにはなすがまま流される性質を持つ。エゴイスティックで欲深で刹那的である。そしてさらに自尊心も非常に高い。扇動されるままに扇動され、表面的な事象に追われる。
魯迅はそうした阿Qに当時の民衆(現代も変わらないかもしれない)を投影しているという見方ができる。
有島武郎の「カインの末裔」とのある種の共通性を感じた。カインの末裔では刹那的な欲望に任せるまま、どんどんと破滅へと向かっていく。(聖書のカインとアベルの話は兄カインが嫉妬故に弟を殺害し、神にも嘘をつき重い罰を受ける話である。)嫉妬と嘘はエゴイスティックな自己の欲望から出たものである。「カインの末裔」とすることでそうした欲望が原初的に備わっていることを示しているといえる。
両者に共通するのはそうした性質ゆえに破滅へと向かっていく物語である。
しかし阿Q正伝で批判されているのは主人公の生き様だけでなく、その周囲の人間も同様に批判されている。それは村の大家であったり、秀才や閑人であり、村の人々である。阿Qを侮蔑したり、場合によっては一目置いたりする。大衆も阿Qとさほど変わらない視座で阿Qを評価している。そうした人々が作り出す社会はディストピアであろうと思う
