レバ2倍規制に係るパブコメ草案

KanaGold
7 min readJan 28, 2020

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<暗号資産の信用取引について>

今回の暗号資産交換業者に関する内閣府令案(以下「暗号資産交換業者府令案」という。)25条5項1号及び2号、並びに事務ガイドライン(第三分冊:金融会社関係 16 仮想通貨交換業者関係)案(以下「暗号資産事務ガイドライン案」という。)Ⅱ-2-2-2-2(2)において、暗号資産の信用取引に関して、個人顧客はレバレッジ倍率2倍、法人顧客は暗号資産リスク想定比率に基づいて計算されたレバレッジ倍率にすると書かれている。このレバレッジ規制の趣旨の一部として、あらかじめ預託された証拠金を超える損失が利用者に発生することによって、暗号資産交換業者に未収金による損失が発生すること、及び、利用者に想定を超えた損失が発生すること、を回避することがあるものと理解している。その前提が正しい場合、以下に述べる問題があると考える。

(1)法人顧客に適用されるレバレッジ倍率について

暗号資産信用取引に係る暗号資産リスク想定比率の算出方法を定める件(案)」によれば、法人顧客に適用されるレバレッジ比率を決定する式は、1日の市場変動の99%をカバーする水準として、いわゆるヒストリカルVaR方式の一形態にて計算することとされている。清算機関が当初証拠金を算出する際には、これと類似の手法で計算された基準額と流動性チャージなどを加算して計算しており、一見して清算機関における前例のある手法を踏襲した制度となっている。清算機関の場合、原則として1日に1度必要な証拠金額が見直され、翌営業日の所定の時限までに不足金額を預託する必要があるが、仮に預託されている証拠金額で値洗い相当額をカバーできていなかったとしても、直ちに強制的にポジションを清算することはない。そのため、破綻処理プロセスに1日程度が見込まれる上場先物などについては、1日の市場変動の99%をカバーできる水準をもとに当初証拠金額の基準額を算出している。また、99%をカバーしようとした場合、1%の確率で当初証拠金でカバーできない市場変動が発生するが、この極端だが十分に起こりうるリスクについては、清算基金制度によって、清算参加者からリスク量に応じて按分された金額を徴求することで、自己責任の原則と証拠金額の効率性のバランスを図っている。すなわち、上で見たポジションを清算するプロセスから生じるリスクをカバーするために、清算機関ではこのような証拠金制度となっている。

しかしながら、暗号資産交換業者の現状のプラクティスとしては、全く異なる清算プロセスとなっている。すなわち、暗号資産交換業者においては強制ロスカットの制度があり、時々刻々と計算される値洗い損失が預託されている証拠金額の一定割合を下回ったら、直ちに成行売買でポジションを清算することとなっている。この背景としては、清算機関を利用している金融機関たる参加者と異なり、暗号資産交換業者の利用者の資産状況は不透明であるゆえに、未収金を回収できる可能性が高くないことや、清算基金に類似する制度の導入に技術的または法律的なハードルがあることが挙げられる。そのため、確定損失が預託されている証拠金額を上回る状況は、1日の市場変動リスクから生じるわけではなく、強制的ロスカットが発動してから実際にポジションが清算されるまでの数秒間での価格流動性リスクから生じることとなっている。一般的に強制ロスカットが発動する市場環境においては流動性が低くなっているため、この流動性リスクを補足できる証拠金モデルでなくては、安全な証拠金制度と認めることは困難である。

もちろん、流動性リスクを定量的に補足することは、ヒストリカルVaR方式でリスク量を計測することと比べて難易度が非常に高いことは十分承知している。過去のデータを分析した結果として、疑似的にヒストリカルVaR方式で証拠金額を算出することで代用することが実務上やむなき手段ということも考えられ、今後適切に流動性リスクを補足する手法を継続的に研究・検討するという前提のもとでは、一定程度の合理性はありうる。

(2)個人顧客に適用されるレバレッジ倍率について

一方で、暗号資産交換業府令案25条5項1号及び暗号資産事務ガイドライン案によれば、個人の利用者については最大レバレッジ倍率を2倍にすることとされている。この2倍の根拠としては諸説聞くが、こちらについても同様に、あらかじめ預託された証拠金を超える損失が利用者に発生することによって、暗号資産交換業者に未収金による損失が発生すること、及び、利用者に想定を超えた損失が発生すること、を回避することがその趣旨の一部としてあると理解している。この点、国内で最も取引量の多い暗号資産交換業者における暗号資産関連デリバティブ取引(暗号資産信用取引ではないものの、経済的・実質的には暗号資産関連デリバティブ取引と同様と考えられる。)に係る取引データの分析によれば、必要証拠金額の50%を下回った場合に強制ロスカットが発動するという制度もあわせれば、2017年から2018年に極端な市場変動が起こった市場環境下においても、最大レバレッジ倍率2倍という制度のもとで同水準の流動性が担保されているのであれば、未収金は発生しなかった、若しくは限定的であったと考えられる。しかしながら、市況の変化による影響も多分にありうるものの、欧州でのレバレッジ規制や、国内大手暗号資産交換業者においてレバレッジ倍率が15倍から4倍に低下したことに起因して流動性が低下した可能性は十分にあり、構造的にまさにルーカス批判にさらされている状況といえる。したがって、過去のデータからレバレッジ倍率が2倍であれば十分に利用者保護に欠けることはないとの主張は不十分で、本ガイドラインによって最大レバレッジ倍率が2倍となった状況においてもなお利用者保護上、問題のない倍率であることの論証が求められるものと考える。よって、法人顧客に係る流動性リスク管理手法があくまでも暫定的なものであり、個人顧客に係るレバレッジ倍率を2倍に制度変更することによる流動性の低下の可能性についての分析が十分でない現状においては、市場構造への影響のない範囲での暗号資産交換業府令及び暗号資産事務ガイドラインの内容とすべきと考える。すなわち、個人顧客についても法人顧客と同様、ヒストリカルVaR方式の一形態にて計算する旨のレバレッジ規制とするのが一貫性のある対応と考えられる。

<暗号資産を原資産とする暗号資産関連デリバティブ取引について>

また、暗号資産関連デリバティブ取引についても、金商業府令案117条41、42項において個人顧客に係る最大レバレッジを2倍とする内容が規定されている。暗号資産信用取引と異なり、暗号資産関連デリバティブ取引の場合は、板形式と店頭取引形式のいずれもが主流であり、それぞれリスクの形態が異なることに留意する必要がある。店頭取引の場合、あくまでも参照する指標が異なるだけでリスクの形態は為替FX業者と同様であるから、為替FXに係る規制の論理に準拠することが一貫性があり、板形式の場合はリスクの形態が上述の暗号資産信用取引と同じであることから、暗号資産信用取引に係る暗号資産交換業府令案及び暗号資産事務ガイドライン案と同様の指摘がされる。現時点で国内で最も流動性の高い板形式のレバレッジ商品については当該金商業府令案の対象範囲であることも踏まえれば、リスクの形態が異なる板形式と店頭取引形式の性質の違いを踏まえた規制としない限り、リスク管理上、利用者に意図しない損失が生じる危険性があるものと考える。よって、当該金商業府令案が市場構造へどの程度の影響を与えるかの分析が、ルーカス批判に耐えうるという意味では不十分である以上、少なくとも板形式の暗号資産関連デリバティブ取引の場合については、暗号資産信用取引における暫定的な法人顧客に係る流動性リスク管理手法を同様に適用することが、今回の改正資金決済法及び改正金商法に係る一連のレバレッジ規制において一貫性のある対応だと考えられる。

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KanaGold

Enigma公式日本admin & ビットコイナー反省会レギュラー。元JPX & bitFlyer