ヴェルディ《リゴレット》

リセウ劇場でのヴェルディ《リゴレット》。
オペラをいくつか観てきた結果自分の中で比較対象も増え、それなりに目が厳しくなってきていると思うその中でも傑作と言われるだけあると思った。
個人的に思い入れのある《椿姫》しかり、ヴェルディのよさは「はみ出した者」の表現にあると感じる。
少なくとも今まで観てきた作品の主人公のほとんどは高い地位にある人々だった。対してリゴレットは道化師。しかも自らのことを「けがれている」「堕ちた」などと表現している。《セビリャの理髪師》のフィガロのような充ち溢れる自信はない。
ハッピーエンドであればまだ救われる気もするのだが、《リゴレット》のラストは最愛の娘を殺すことになってしまうというバッドエンド。「呪い」が強調されているためリゴレットの苦しみや自責の念が薄れているようにも感じるが、それでもなおリゴレットに感情移入して心が重くなる。
これだけ書くとただの暗い話という印象だが、この極端な陰湿さが、《リゴレット》の感情に訴えかける強さになっているのだと思う。それがプラスの感情であれマイナスの感情であれ、引き出す感情が強い作品は、よい作品と言えると考えている。
少し脱線すると、リゴレットに対して抱いた感情は《アンドレア・シェニエ》の息子を革命に差し出す老婆を観たときのものに近い。私が《アンドレア・シェニエ》に対して強い好感を抱いたのも、感情へ訴えかける強さによるのだろう。
また、この映像は演出もよかった。特に回転する舞台装置が効果的だった。内/外がわかりやすかったり、場面の変化がスムーズだったり、ストーリーが追いやすくなるというよさに加えて、女性が標本のように壁に貼り付けられる様子はマントヴァ公爵の女性に対する考え方を示しているように見えた。斜めになった床もマントヴァ公爵やスパラフチーレたちの目論みの歪みを表しているととれる。
こういった細かな表現の積み重ねによって、同じストーリーでも受ける印象やその強さに違いが出るのだと思う。演出は重要だ。
また脱線すると、ウィーンで観た《椿姫》は演出が独特だった。簡素な舞台装置やクラブファッションなど、それまで観たものと随分違う。上演中は落ち着かない気分だったが、振り返ると演出の意図などが興味深く思える。同じストーリーでも、演出によって強調されるポイントや見え方が変わるのだと実感する経験だった。
どうやら私はヴェルディのオペラが好きらしい。さて、次はどれを観ようか。《椿姫》《リゴレット》を観たら《イル・トロヴァトーレ》か。《ファルスタッフ》や《マクベス》も捨てがたい。