来るべき未来

いつかはわからない、それがポイント。

Katsunori Nishi
Jun 13, 2017 · 4 min read

来るべき未来というのがある。

来るべき未来というのは、いつかは分からないけれど、いつかは必ずそうなるだろうなぁ、と言うもの。例えば僕は必ず死ぬし、その前に東京にいる限りもう一度くらい大きな地震を経験しそうだ。当たらないことを祈るけど、30年以内に75%と言われれば、避けられそうにない未来だ。色々な予想はあるけれど。

一方ビットコインや仮想通貨は今よりぐっと広がるだろうし、国境を越えての往来はもっともっと増えるだろうし、AIを起点としたシンギュラリティもどんなものになるか、死ぬ前にこの目で見ることになるはずだ。

ワクワクするものやちょっとビビってしまうもの含めて、来るべき未来は必ず来るのだ。来るべき未来という言葉は、実は投資家で有名な邱永漢さんの言葉で「西くん君はね、過去から未来を見てるの。でも僕は未来からいまを見てるから、君の思いは外れて僕の言うことは当たるの」と仰っていた。

でもいつ来るのか、まではさすがの邱さんも分からない訳で、早すぎる準備をしては奥様に「あなたはせっかちだから損ばかりしてる」と言われては笑っていたけれど、この「来るべき未来の準備をして、待つ」には非常な精神力が必要なのだと最近になって気づいた。

国境は、人の往来で削れてなくなる。

話は変わるけど、僕のひいじいちゃんは京都生まれ、京都育ちで、京都で農家をして暮らしていたそうだ。その子供であるおじいちゃんは、京都で生まれ警察官になり大阪で仕事をしていて、戦争に行って亡くなった。その子供である僕の親父は京都で生まれ京都で働き、恐らく一般人で海外に行った初めての世代だったのだと思う。実家の応接間には親父がグアム旅行した写真が飾ってあった。そんなのが自慢になるくらいだから近所ではちょっと珍しかったのかもしれない。そして僕は京都で生まれ、東京の大学に行き、いま日本と中国で仕事をしている。

こうして分かるのは、ひいじいちゃんから僕までの4世代で行動範囲は劇的に広がっている。我が家が特別なのではないと思う。この一般人の行動範囲の広がりは普遍的なもののはずだ。僕の家庭は裕福でもなかったが、貧乏でもなかった。

だから、僕の息子は宇宙にまで行くはずだと信じている。息子といっても今19歳、そんなに遠くない未来の話だ。宇宙といっても距離で言えばたった100Km「上」に過ぎない。飛行機なら数十分、新幹線でも1時間もかからない場所である。距離を思えばまだそんなとこにも行けないのが不思議なくらいだ。宇宙に気軽に行けるようになった時、地上はどうなっているのだろうか?今より移動が制限されるという事は断然低いと思うのだ。むしろものすごく気軽に国外に出かけるはずである。

私「いまどこにいるの?」

息子「シンガポールだよ」

私「今日帰るの?」

もちろんそうなるまでには色んな「揺り戻し」があるはず。歴史は一直線に進まないのだから分断に向かう時期だってある。まさに今の世の中はそんな逆行の気配がしている。

問題はいつその未来が来るのか?

僕らはいつも都合がいいから、できればその未来が来る直前で教えてもらいたい。でも恐らく邱さんの頭の中では繰り返し繰り返し、来るべきその未来が本当に来るのか?思考を反芻し、検証したに違いない。それをもって「絶対来る」と確信する未来にかけてらっしゃったのだと思う。ほとんどの場合、途中で諦めちゃうんだけどなぁ、、、やっぱり邱さんの精神力は普通じゃなかったと思う。

ただ人を導く人はやっぱりそうあって欲しいと思うのだ。自ら誰よりもリスクを取って行動する。そうでなきゃついていけないよね。失敗もいっぱいあって笑いながら話してくれた邱さんから勉強させてもらったことは本当に沢山ある。僕に邱さんの真似事ができるわけもないけど、せめて姿勢は見習いたいと思う。

Katsunori Nishi

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Grand Design Tokyo,Shanghai,Hong kong CEO & Creative Director. I walk around Asia every month. 考えを整理したり、深めたり。色々アドバイスをもらえたらありがたいです。www.grand-design-tokyo.jp