ネガティブなボクが、ポジティブに勘違いされる理由。

自分はものすごくネガティブなのに、なぜか「ポジティブですね!」と言われます。

そんな勘違いをされても困るので、全力で否定したいのが本音です。。

しかし一方で、「なぜそう思われるのか?」を考えた結果、ひとつの仮説に辿り着きました。

事実はひとつ、解釈は無数、行動は自由。

事実はひとつ。解釈は無数。

そんな話を一度は聞いたことがあると思います。

よくある事例が、「コップの水」。

「事実はひとつ。解釈は無数。」に当てはめてみると、事実は「コップに半分の水が入っている」です。

そしてその解釈は、いつくかあるわけです。

よくあるのは、この二つ。

「あと半分しかない。」

「あと半分もある。」

一般的には、前者はネガティブな人で、後者がポジティブな人と思われる傾向があります。

で、この理由でいくと、ボクは完全に前者なんです。

ボクは、コップに表面張力を限界ギリギリまで使って水が入っていても、「ああ、あとこれしかない」と解釈するネガティブの塊です。

行動だけ変えれば。

にも関わらず、なぜポジティブに思われるのか?

その理由は、解釈の後の行動にあるようです。

つまり、ネガティブな解釈をした後の行動がポジティブに見えるようなのです。

この場合だと、ボクがネガティブな解釈をした後、「だったら、おかわりをしなきゃ!」という行動をするんです。

おかわりって、ポジティブな感じがしますよね。

つまり、周りから見えるのは行動であって、ボクのネガティブな解釈は見えていません。

だから、目に見える行動で判断し、ボクをポジティブだと思ってくれるようです。

そのプラスのイメージが、自分に良いスパイラルを生み出してくれているのかもしれません。

事実はひとつ。解釈は無数。行動は自由。

つまり、解釈がネガティブだろうが、ポジティブだろうが、【解釈と行動】の掛け合わせであり、もっと言うと【解釈】はネガティブのままでも【行動】を変えれば、少なくとも周りからの評価は変わるのかもしれません。

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