うぬぼれを自信と勘違いしていた
悪い評価を挽回しなければと、
そればかり考えて、出雲を出発するのです。
そんなことしか考えていないので、
周りが見えなくなっています。
なんのために自分が機長として飛んでいるのか
目的さえも見失ってしまっています。

今やることにばかり頭を使うものですから、
頭が先に行きませんし、周りも見えていません。
自ずと判断も遅れます。
すべての判断が、遅れ遅れになって、結局揺れる高度で飛行することになってしまいました。
客室乗務員に状況を説明するのですが、相手は言い訳にしか、聞こえていないと思います。
自分が、一生懸命に考えて下した判断をなんとか正当性を証明しようと
固執してしまい、柔軟に状況の変化に対応できなくなってしまっていました。
自分が下した判断など、
その時の条件や前提で判断したものであって、
どんどん変化する状況では、なんの意味もないことに気づかなかったのです。
自分の下した判断を、
自分と同化してしまい、
この判断を変えると、自分が曖昧だとられると
思っていたのでしょうね。
意見交換をするときも同じようなことがありますよね。
その人の持っている前提の違いによる意見の相違であるのに、
相手から反論や、違う視点でものを言われると、
自分が攻撃されているように感じてしまうことがあります。
自分の下した判断や、意見なんて、
前提や、条件が変われば、
すぐにまた判断をし直さなければ、なんの意味もないものなのに。
ガタガタ揺れの中を飛行し、降下に入る前なのに、
これではまずい、なんとか挽回だと、
此の期に及んで、まだ考えてました。
またまた、やることなすことが後手後手で、
最終的に前方機との間隔が、ギリギリとなってしまいました。
審査官曰く、
これで、着陸が悪かったら、
絶対に落としていた。
条件付合格で、
これから当分の間、
指導層の機長と飛んで、勉強をしなおせということになりました。
その夜は、なんであんなことをしてしまったのだろう、
何かに魅入られたように
普段しない行動や判断をし続けたのはなんだろうと
なんで、
なんでと
考え続けました。
自分が自信だと思っていたのは、
過去の経験や、達成の上にあぐらをかいた状態
「うぬぼれ」だったのでしょう。
そのうぬぼれというフェイク自信を
評価というベールで、確かなものにしたいということだったのかもしれません。
本当の自信は、
過去の評価や、達成した結果などに関係なく、
今日より、明日と、常に学び続ける謙虚な姿勢のことだとは
まだ気づいていなかったのです。
Originally published at といてら渋谷.
