Bye bye frameworks

引き続き、ケースメソッド教授法自主勉強会の話題
勉強会では6名のディスカッション・リーダー演習を観察・分析した。

「ディスカッション・リーダーの行動を分析する」という目的をもってケースディスカッションに参加するという経験は新鮮なものだった。

MBAの学生としてケースディスカッションに参加するときとは全く違った視点で、ディスカッションの構造を見ることになった。
その観察・分析の中でひとつ大切だと感じた視点を書いておく。
(分析評価軸はいろいろあるのですがここでは1点のみ)

それは、ディスカッションの「フレーミング・枠組み」の提示過多。
ディスカッション・リーダーが議論の「枠組み」をみずからが決めてしまうのは議論の発展と創発の可能性を殺してしまうということ。

でも、私たちが日頃なにかをディスカッションしようとすると、
特に、仕切り屋、はりきり屋さん、そして、効率的でデキルっぽい人がやってしまっていることなんです。

「さて、では、このケースはどんな問題を抱えているでしょう。
メリット・デメリットを論じてみましょう」

この問いはどうだろう?これは純粋な問いかけだろうか?

「枠組みの提示」になっていないか?
いや、「枠組みの強制」になっていないか?

無論、ファクト・事実関係の整理、利害関係者の整理などの場合、時間的な制約がある場合は、このように「枠組み」が前もって示されている方がいいだろう。

しかし、議論を展開し、創発的なイデアの交換の「場」にしたいなら
このディスカッション・リーダーの「枠組み」には要注意だ。

混沌と創発の場は紙一重かな。。。とも思いますが。

そう考えると、ディスカッションの後で、「ハラオチしなかった」
ケースのほうが、「問いかけからまた新たな問いかけが生まれる」という循環が回っていたと思う。

そのときに、ディスカッション・リーダーはあからさまな
整理手法のための「枠組み」は提示していなかったのだ。

自分でリーダーをする際に、肝に銘じたい物だが、、、
混沌も怖いのよね。。。笑

20140830

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