14:【虚無とたたかう×再起する青年】コラボ対談〜自由とはなにか

これは「再起する青年 Advent Calendar 2017」14日目の記事です。

今日はなんと(?)対談形式です。対談相手は @kinakobooster (虚無にいつも悩まされている26歳)。(この @kinakobooster は kdxu にそそのかされて 虚無とたたかうアドベントカレンダーを一人で書こうとしています。みんな正気ではない。)


今回のテーマは自由について。
 
人には再起しない自由もあるんだろうか。
 そもそも再起とはどういう概念なのか。
 
 それでは二人の悩める若者の思考の邂逅をお楽しみください。


kinakobooster(以下、とりい): こんにちは。

kdxu: こんにちは。

とりい: 今日はコラボ対談ということで、いくつかkdxuさんに質問をしようと思います。テーマは自由について。

kdxu: わかりました!

とりい: まず1つめ、再起しない自由もあると思う。なぜ再起しようと試みたのか、を聞きたい。なんで再起したんですか。いや、これからしつつあるのか。

kdxu: 急に2つも聞かれても困ります

とりい: ごめんw

kdxu: いいですよ。■はあなたをお赦しになられた。

とりい: じゃあ1つめの質問をお願いします。再起しない自由はありますか?

kdxu: はい。そうして私は再起することを選んだ。ところで再起しないとはどういう状態の選択のことを指していますか?

とりい: それは再起する青年の定義によりますね。

kdxu: 再起って広範に定義しうるものですか?再起する人間の、その人生の数だけ再起があるのではと思います。

とりい: 生まれた裸の状態から再起しないといけないということ?

kdxu: いや、そういう意味ではなくて。

kdxu: 再起するということは一度死にますよね。死ぬというのは、シャカイや他者・自身がつらくて病気で悪くなったり、家族が辛くて悪くなったり、自分を生きているものとみなせなくなるときのことです。これは自分の解釈ですが。

とりい: そうだね、人は辛いと死に近い状態になる。

とりい: 抑うつと言ってもいいのかな。

kdxu: う~~~~ん病気でラベルはるのには強い違和感があります。

とりい: 病気と言うかとにかくつらすぎる状態だよね。

とりい: 私はつらすぎる状態に病名をつけることで対処可能にしようとしていると思っている>抑うつ

kdxu: それは精神医学的な鑑別なので、ヒトによっては統合失調かもしれないし、今語ろうとしていることからは観念がズレて行くように思う。

とりい: たしかにそうか

kdxu: ビオス

とりい: ゾーエー

とりい: 読者の方に補足すると、ビオスとゾーエーとはアガンベンとかが言ってる生の概念で、ビオスは社会的な、人間としての生で、ゾーエーとはむき出しの生命としての生のことです。

とりい: 強制収容とかは人間のビオスが否定されゾーエーだけにされるという自体として分析されている。

とりい: ビオスって言ったのは、その社会的、人間的な生を奪われるという意味で言ったのかな。

kdxu: そういうことがいいたかった〜

kdxu: 再起する前に死ぬというのは、病名で語るのは微妙だと思っていて、そうではなく自分は個人個人の人生のある一定の期間をそれとみなしています。だから死ぬことなく死ぬヒトもいる。

とりい: 「再起が必要な死」を経験せずに「肉体的な死」に至る人も居るという意味?

kdxu: でも再起って怖くないですか?自分は自分の意志によって再起しているのだと思っているけれど、本当は時代の狂気によって再起させられているだけのかもしれない。

とりい: わかる、こわい。

とりい: 死の状態をよしとしない社会の圧力があり、人はそれに従って再起するだけだという思いはこわいよね。

kdxu: フロムが「自由からの逃走」で述べていた「選び取らされた自由」、あれはナチズムの話だけど、こういう話にも適用できる部分があると思う。

kdxu: 他のヒトが再起せず別に死んだままだっていいと思いますよ。本人が望むのであれば、それも選び取らされた自由でしょう。

とりい: 死の状態の方が選び取らされてるような気もするな。

とりい: より自由に近いと考えて君は再起を選んだということかな

kdxu: 虚無企業でゆっくり死に近づきながら働いている人がいたっていい。それを選び取ることだって自由だ。

kdxu: なので、より自由であるから故に再起することを選択したとは思っていないです。器用でないから、そうするしかなかった。

とりい: 君の再起には怒りの力が大きく関わっている?

kdxu: 怒りはあるけど、今は割とどうでもいい。

kdxu: たとえそれが選び取らされたものであろうと、先がどんなにつらかろうと、素手で戦って、そうしてわずかなものを掴み取ろうとすることを選びます。

kdxu: 自分に限ってはそういうやり方しか知らないから。

とりい: 運命を愛する側の発言だ

とりい: かっこいい

kdxu: 自分がなにかやろうとしてうまくいかないときは前職思い出して腹立つけど、これは自分の心が弱いからです。

kdxu: (コンプラ)野郎とはそれとは関係無い文脈で(コンプラ)たるもの

kdxu: (コンプラ) なだけの人間。一生 (コンプラ) をやってろ。

とりい: この場合の (コンプラ)ってのはどういう意味?

kdxu: (コンプラ)人間は自分のピュアさすら気づけず、さらにその上で自分の痛みを紛らわすために、ポーズ、年収、数値でマウントする (コンプラ)人間。

とりい: つまり人生について考えない、虚無を感じないような人間?

kdxu: 虚無。

とりい: 虚無だね。

とりい: そういう奴らをかわして生きることもまた虚無とたたかうことだ。

kdxu:レイルをやり、レイルから外れる人間を嘲笑ってやっている人間。

とりい: このレイルは選び取らされた自由だと気づいてしまった人間は…

kdxu: 自由なの?自由でもないと思います。

とりい: (コンプラ)野郎はきっと自由ではないね。

とりい: (コンプラ)に抵抗するわれわれもまた自由ではない?

kdxu: たぶん。自由ではないだろうと思う。

kdxu: Rage Against (コンプラ) Machine.