声の大きな人が必ずしも幸せとは限らない

攻撃的自己表現をする人は…

どんな社会にも声たかだかに自分の考えを主張する人がいる。そんな声に議論が流されてしまうことがある。このような攻撃的自己表現をする人が組織の中心に座ってしまうことはよく起きうる事態だ。上司であれ、年長者であれ、たとえばママ友のような小さなコミュニティにおいてさえも、立場が上の人は攻撃的自己表現を無意識のうちにやりがちである。自分の言い分が通れば満足感も生まれ心理的にも優位になれる。しかし、それを続けていくと利害関係がある人のみ周囲に残り、異なる考えを持った人たちはその場を立ち去ってしまう。周囲に残った人たちも常に同調する訳ではないし、彼らの異なる考えを受け入れる機会を失ってしまう。結果的に攻撃的自己表現をする人は「裸の王様」になり孤立することになる。

その心理は?

攻撃的自己表現は、相手への依存心と甘えの上に成り立っている。よってこのような自己表現が習慣になると、周囲の人たちの従属的態度なしには自己を維持できない危険をはらんでいる。我々が思っている以上に、声の大きな人の精神状態は不安定だと考えてよい。声の大きな人が必ずしも幸せとは限らない。だからこそ、主張すべきところはきちんと主張し、相手の意見を聞くときは素直に聞き通す。そんなバランスのとれた態度をとれるようにすることが必要ではないだろうか。そんなことを以下の本を読んで考えた。

『アサーション入門』 平木典子著

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