異動の季節に…

keit-ty
2 min readFeb 25, 2017

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15年勤務してきた病院を離れることになった。人事的には昇任なのだが、仕事の継続性からすると、今の病院に居続ける方が何かと自分のためにはなる。しかし色々なことを考えてこの人事を受け容れることとした。異動先の部長の体調問題があり、彼の引退が早まった事が表面的な理由である。しかし自分の将来、所属する組織のこと、将来を託すことになる若手医師の育成、そして家族のこと… 1ヶ月間熟考を重ねた末に決断した。

正直言うと、決して自分の本意ではない。空間的な活動の場の広がりから言うと、明らかに「ダウンサイジング」になってしまう。また見る人によっては「左遷」と捉えるかもしれない。

しかしそれでも決断した。決断した以上は「前を」見る。

以前恩師が退官する時にいただいた挨拶状に以下の記載があった。

…この19年の間に、教員であれ、学生であってもそれぞれの環境の中で各自の長所と確かな存在感とを忍耐強く醸成していくことの大切さを学ぶことが出来たように思います…

人生、順風の時もあれば、逆風の時もある。しかし逆風の時の振る舞いこそ、その人の生き方が問われているのかもしれない。自分の人生をずっと後で振り返ったとき、果たして逆風の時期が全くの不幸だったかと問われると、必ずしもそうではなかった、と答えるかもしれない。

以前読んだ『しんがりの思想』(鷲田清一著)という本の中で以下の記載があった。

梅棹忠夫は亡くなる直前のインタビュー(『梅棹忠夫 語る』)で、これからの社会ではリーダーシップではなくフォロワーシップこそが重要になるだろうと語っていた。リーダーになろうと心がけるより先に、まずは賢いフォロワーになれるよう心がけておくこと。だが、いざ担がれたときは限られた期間であれ、引き受けられる準備を日頃からしておくこと。そのことを、亡くなる直前の梅棹忠夫はこんな言葉に約めて語っていた──。 「請われれば一差し舞える人物になれ」

一差し舞うためには日頃の準備が必要。そのためにどんな環境にあっても自分の存在感を示していく強かさが求められるだろう。この歳で老け込むのはまだまだ早い。積極的に次のステージを目指して前を向く。

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keit-ty

3児の父、外科系の医療に従事しているアラフィーです。熱い血潮は鷹のぼせ。書評、教育、医療、そして大好きなホークスについて自分の意見を、平易な文章を書くように心がけています。