僕たちは成功するまでやめない

kenji watanabe
Sep 4, 2018 · 16 min read

どーも!Undefinedのけんじです。

Undefinedを創業してからあっという間に1年が経ちました。
少し長くなりそうですが、僕が若月佑樹と出会い、Undefinedを3人で創業してから今に至るまでを振り返ってみようと思います。

佑樹との出会い

実は佑樹とは地元が一緒で高校も一緒だ。高校は県内ではそこそこの進学校だった。佑樹はその中でも進学クラスにいたらしいが、在学中に知ることはなかったし、ふざけまくっていた僕からしたら一個下の優等生なんてまじで誰だよwって感じだった。

だが、卒業後に仲のいい後輩から佑樹のことを紹介したいと言われた。『すげー頭のいいやつなんですけど、なんかぶっ飛んでて絶対面白くなるはずだから会ってください!』みたいな感じで。

その時の僕は相変わらず無駄に自信だけはあったけど、学年で唯一大学にも行かず就職もしてない、金もない、どうしようもないやつだった。

男を紹介されるって変だよなって思ったけどかなり暇だったのでとりあえず会ってみた。そしたら会ってすぐに思った。

こいつ、面白いな

立場も何もかもが違うように思えたけど、多くを語らなくても彼とはもう分かり合えてるような感覚があった。すげー楽しかった。次に会った時にはなぜかタイに行く話になっていて、会って3回目くらいでチケットをとっていた。

タイ旅行

今思うと何もかも佑樹がやってくれた。安いチケットを探してきて、必要なものを教えてくれて、大体の行き先を考えてくれて。

初めての海外だった僕にとって、学生時代から自分で稼いだお金で何度も海外に行っている佑樹はすごくかっこよく見えた。低い予算だったのにこんなにも楽しめるのかというのも衝撃だった。

旅行中一番美味しかった屋台のエビ餃子ラーメン
バイタクのスリルはたまらなかった

2週間の滞在予定だったがタイに飽きたので、急いでビザをとって隣のミャンマーに行った。現地の人と尾崎豊を歌ったりした。何もないし臭かったけどなんかとってもいい国だった。

ぼったくりタクシー運転手と揉める佑樹
大好きだったラン島の帰りのフェリーから見えた夕日

この夕日を見ながら来年はもっと大きくなってまた来たいねなんて話をしてた。刺激的で忘れられない旅が終わった。

佑樹はこれからスタートアップでフルコミのインターンをはじめると言っていた。この時の僕には何のことかよくわからなかったけど。
僕はお金と刺激を求めて働き出すことにした。

かにちゃんとの出会い

少し時間が経って、佑樹に話したいことがあると呼び出された。

話の内容は飲食店を探せるアプリを創りたくて、僕には営業を担当してほしいというものだった。そしてそのために一緒に起業しようと。

ワクワクして話が止まらなかった。三軒話歩いたあと、もう1人仲間にしたい人がいると言い出して、金井一馬(かにちゃん)に電話しはじめた。そしたら今から会おうということになって、終電で彼に会いに行った。

かにちゃんの家

最初に会った時の彼の印象は、シティーボーイって 感じだった。口数が多い方ではなかったけど、内に炎を感じた。自分にはない魅力があって何だか楽しくなりそうだと思った。話をしていくうちに直感でイケるかもと思った。不思議な夜だった。

そこから佑樹はアメリカに行って大学を三日で退学し、かにちゃんは前職の引き継ぎをしていた。僕は遊べるのが最後になるかもしれないと思って海外に行ったり日本の海でひたすら遊んでいた。

みんなで集まってとりあえず暮らしはじめた

三段ベッドとかにちゃん

かにちゃんの家にあったベッドを捨てて、Amazonでデスクと三段ベッドを買い、3人で住みはじめた。3人とも年齢は違った。当時佑樹が18で僕が19歳、かにちゃんは23歳だった。早く仲良くなりたいからみんなタメ口にしようとはじめてルールを決めた。慣れるのに少しだけ時間がかかった。

集まった日に壁に貼り付けた

エンジニアがいないからと勉強しはじめた佑樹が、死ぬほど見たというエラー文で、”定義されていない”という意味の”Undefined”をとって会社名にした。かっこいいねとか言いながら喜んでいた。

代々木時代

よし頑張るぞ!となったはいいけど何から始めたらいいのかわからない。とりあえず佑樹に事業計画書作っといてと言われたけど、どうやって作れば良いのかもわからないし、そもそもパソコンもまともに使えない。
とりあえずGoogleで”事業計画書 つくり方”と調べてやってはみたけど、ツールの初期設定には時間かかるし、タイピング遅いしで時間がかかったのにめちゃくちゃなものしかできなかった。悔しかった。

2人は一生懸命アプリを創るための勉強をしていたけど、いつ完成するかもわからない。これいつになったら営業はじまるんだ?って感じだった。
そんな時期に帰宅したら、2人がたまたま家に居なかったことがある。何となくベランダに出て外を眺めていたら涙が出てきた。びっくりした。自分でも理由はよくわからなかったけどはじめての経験だった。その時は、長渕剛の『とんぼ』を聞いて元気を出した記憶が鮮明にある。

ベランダからの景色

ようやくできた事業計画書とプロトタイプを持ってSVの木下さんにはじめてプレゼンをしたが、反応は薄かった。全然ダメなんだと思った。お金も無くなってきてすごく貧しい暮らしをしていた。そうしたら佑樹の友達の大志がご飯を作りに来てくれた。これがすげー美味かった。

真ん中にいるのが大志

とにかく資金調達をしないと死ぬということでVRだったら技術力はあるし、お金も稼げそうだったのではじめての事業転換をした。今思うとヤバイ判断だが、当時はそれしか考えられなかった。

VRカメラで渋谷を撮影したりした

はじめての資金調達

そこでまた木下さんにプレゼンをしにいくと意外とあっさり決まった。事業というよりは若くてやる気があるからという感じだったがとにかく嬉しかった!

SVの木下さん・岡山さんと

やっぱりみんなが使うものを創りたいと思った

VR事業も楽しかったけど、承認欲求の強い僕らはもっと色んな人が使うプロダクトを創ってみたいと思った。改めて事業転換する旨を木下さんに伝えたら、いいじゃんやりなよ。とまたあっさり決まった。すごい投資家だなと思った。笑

貴重なVR時代の写真

NYAGOを創りはじめる

思い返せば元カノに匿名でチャットできたら面白くない?という本当にしょうもないところからはじめてた。
でもなぜか直感でこれはイケる!ってなってた。

何もできなくてめちゃくちゃな開発をしていた時

NYAGOを創るためにとにかく色んなトライをしたが、今思うと凄く無駄なことを一生懸命にやっていた。少し分かった気になっては自分達の間違いに気づいて絶望し、また1からやり直し続けた。上手くいかないことばかりで、3人じゃなかったら絶対にやめていたと思う。本当に苦しかったけど、夜の渋谷の街を尾崎豊を聴きながら自転車で走り抜ける自分が、なんか誇らしくて好きだったのを覚えている。

NYAGOリリース

2017.03.28 NYAGOをリリース。

この動画はかにちゃんと友達が妹の声を編集しながら創ったものだ。マーケティングもたまたまイベントで会った凄腕の女の子と一生懸命にやった。最初は技術力のない僕らに驚いた様子だった高専生のエンジニアも、学校帰りや休日を使って根気よく手伝ってくれた。本当に色んな人が力を貸してくれて、NYAGOはなんとかリリースできた。今思うと奇跡みたいなことに思える。

予想を上回る人たちが使ってくれた

サービスリリースしてから停止するまで(1週間)の数値

アドレナリンが出まくった。無敵だった。

ありえないスピードでたくさんの人が使いはじめた。Twitterでシェアされた投稿に全てリプしていたが、全然返しきれずに友達を呼んで手伝ってもらったりした。みんながビックリし、同時に歓喜していた。こんなにも楽しいのかと思った。やみつきになりそうだった。

友達からは連絡がくるし、伝えてもないのに親や親戚からも連絡がきた。スタートアップ界隈の人からも会って話が聞きたいと言ってもらえるようになった。僕が一方的に知っている経営者の方や有名人も使ってくれた。全然知らない地方の女子高生も使ってくれた。凄く小さなことかもしれないが、これまで自分が創ったもので評価されたことのない僕にとっては特別な体験だった。やってきてよかったと思える数少ない瞬間だ。はじめてプロダクトを創るという楽しさを知った。

だが、結局自分達の力不足でNYAGOをクローズすることになった。

NYAGOをクローズしてから

正直、迷走しまくった。リリースをゴールにしていたNYAGOを続けるのはすごく難しかった。諦めたりまた続けたりしながら何度も創っては壊していた。時には近くの代々木公園に行って、みんなで新しい事業を考えたりした。

かにちゃんに肩車される佑樹

行くべきかかなり迷ったが、1年ぶりにタイに行った。1年前のタイ旅行からは想像もつかない自分になっていたことと、隣に佑樹とかにちゃんがいてくれたことが嬉しかった。憎いこともあったし喧嘩もしたけど、やっぱりこの2人とだからやってこれたんだなと改めて思った。みんなで将来の話をして盛り上がった。また頑張ろうと思った。

僕と佑樹 タイのパタヤビーチにて

そしてまた走り続けた。

でもある時思った。なんのためにやっているのかと。アプリを創るため?
それは違う。そう考えたらアプリを創ること自体が目的化していたんだなと猛烈に反省した。

一年経ってようやく気づいた

振り返って考えてみるとUndefinedを創業したのも好きなメンバーと好きなことができそうだから、楽しそうだから。という凄く簡単な理由ではじめていた。目的やゴールなんてなかった。ただ、それに関して後悔はしていないし、ほとんどが無知だからこそできたことだと思っている。そして自分や昔の自分を知る人が信じられないくらいに成長したことには自負がある。

でも結局の所、僕らがやっていることは趣味でもなければ学校でもない。
いくら成長しようと結果を出さなくてはまるで意味がない
、と僕は思う。だが今まで僕らは、自分や会社のゴールをちゃんと考えたことが一度もなかった。

自分自身について考えてみた

今僕に求められているのは、自分で自分のことを1番に考え、行動することだと思った。会社をはじめたばかりの頃は右も左もわからず、Undefined以外で働くという選択肢はなかった。だけど今は違う。だからUndefinedのメンバーとやり続けることが正しいのか、そこに妥協はないのかということを今一度考えたかった。妥協で集まっているメンバーと働くほど人生は長くないから。
そこで僕は創業者だから続けるみたいな考えは捨ててみた。それは今まで絶対になかったことだ。

初めて自分にとっての幸せや、Undefinedについて考えてみた。

けっこう文量があるので興味のある方はあとで見てほしい。

これが今の僕の全てだ。

僕は起業したから偉いなんてことは一度も思ったことがない。逆にスタートアップなんて何も知らなかった僕からしたら胡散臭いくらいに思ってた。
でも今は違う。自分たちが信じるもののために必要な全てを自分たちで集めて、創って、そして社会にインパクトを与える。そのチャンスがある。なんて最高なんだ!と本気で思ってる。

思い返せば僕は勉強も全くしてこなかったし、部活も途中でやめてしまった。打ち込める趣味もなかった。マジになれる瞬間なんて全然なかった。

だが、本当になあなあで生きてきた僕だけど自分には根拠のない自信がある。負ける気がしない。嘘じゃない。
でもまだ証明できてない。だからもしできなかったら人と比べて自分に嘘をついて生きていくのかな。そう思った。
そんなのは絶対嫌だ。ずっと自分に正直に生きてたい。だからもうやらなきゃいけない。勝ちたい。
これが僕の心の叫びだ。

どうしても僕は今、僕の信じるメンバーと成功したい。成功しなきゃいけない。

そしてUndefinedでやらなくては意味がない。僕らで成功するのが一番かっこいい。本気でそう思ったからまた走り続けると決めた。

佑樹と僕

佑樹との関係についてもよく考えてみた。僕はずっとリーダーとして生き、またリーダーに憧れてきた人間だ。1番先頭に立って、誰よりもリスクを取り、最高の結果をだす。それが最もかっこいいと思っているから。

創業時の佑樹

でもUndefinedを創業するとき、僕は何も知らなかったしCEO,COOがどういう意味なのかもわからなかった。だけど、徐々に佑樹が社長と呼ばれ、僕がナンバー2と呼ばれるようになって違和感を感じはじめた。
僕はこの会社の主人公じゃないのか、そう思った。
一生懸命にお金を集めてきたり、人一倍仕事ができる佑樹に遠慮していた。また、会う人によってはなんでけんじくんが社長じゃないの?とか、珍しいよねと言われることもあった。なんかそれも気持ちが悪かった。
結局自分の気持ちも分からないまま、佑樹にちゃんと伝えることさえできなかった。

だから今、このモヤモヤは解決したいと思った。
正直に今までの気持ちを打ち明けた。佑樹はあまりびっくりした様子ではなかった。佑樹も色々葛藤があったんだと思った。それでも佑樹は、僕ら2人が一緒にやり続けることが大事だからと言って、代表取締役を2人にしてくれた。けんじと2TOPでやっていきたいと。すごく嬉しかった。
説明は簡易的であるが、つい最近この意思決定をした。判断には色々と悩んだので、明日誕生日の佑樹がリリースする予定のブログもぜひ読んでほしい。

みんなに考えてもらった

人の幸せは本当に人それぞれだと思う。田舎でのんびり暮らすおじいちゃんも僕は大好きだ。時間をとって自分の幸せについて考えてもらったら、メンバーの中にはもっと大きな会社で自分を高めたいという人もいた。Undefinedで働き続けたいという人もいた。
どっちも凄く嬉しかった。みんなが自分に正直に生きることが一番だと信じているから。僕らの力不足で大した給料は払えなかったし、こんな当たり前のことに気づいて結果を出すまでに1年もかかってしまった。多分これからUndefinedを離れるメンバーも出てくるだろう。でも一緒に働いたメンバーには誇りを持っている。だからUndefined大きくなった時にはまた一緒に仕事がしたいと心から思っている。そして改めてその時に、一緒に働きたいと思われるような人間に成長していて欲しい。わがままだけど。笑

みんなだいすき

これから

改めて僕らは絶対に成功すると心から信じている。

僕らが生きる時代は働かないことが当たり前になるのかもしれない。お金は大していらないのかもしれない。
でも僕はそれでもUndefinedで挑戦し続ける。やっと見つけた自分が情熱を注げるものだから。

そして、挑戦を続けさせてくれる方々に改めて感謝したい。メンバーはもちろん、何も言わずに信じて自由にさせてくれた家族、困ったとき1番頼りになる友達、経験者としての的確なアドバイスを下さり、よき目標であるたくさんの株主様、楽しい時も辛い時も親身に付き合ってくれる先輩方、いつも前向きな界隈の愉快な仲間達、心配してよく電話をくれるおばあちゃん、本当にありがとうございます。

この一年で色んなことがあったようにこれからも信じられないくらいの変化が起こるだろう。またたくさんの人に迷惑をかけるかもしれない。でも見ててほしい。

僕らは成功するまでやめない。

みんな楽しみにしててよ。愛してるぜ。

2018.09.07
株式会社UNDEFINED 代表取締役
渡邉 健嗣

    kenji watanabe

    Written by

    株式会社UNDEFINED 代表取締役

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