「自然」と「想像力」エミリ・ブロンテの詩

『エミリ・ブロンテ全詩集』 藤木直子訳 大阪教育図書

擦れた表紙が、まるで古文書のような威厳を醸し出していました。

有名な『嵐が丘』を書いたエミリー・ブロンテの詩集です。大型書店の、背の高い木製の本棚の一番端に、他の本とともににギュッと固く押し込められていました。

普通なら、綺麗なものと取り替えてもらったりするのかもしれませんが、1800年代に書かれた詩を納めたものだということからか、そんな本の傷みが不思議と素敵な雰囲気に見え、そのまま購入してしまいました。

それから3年くらい経ったでしょうか。そのまま自宅で積読していたこの本を、先日改めて読んでみようと思い立ちました。詩を読み込むことで、何か文章を書く上でのインスピレーションになるかもしれないという期待からでした。


あの静かな深い湖が、波もなく
荒野の荒地に横たわっている。
月の光は、厳かに柔らかく
ヒースの茂る岸辺に眠っている。
ブルーベルは、夏のそよ風に揺れる
最も可愛らしい花。
その花々には、私の心の悲しみを
いやしてくれる最も強い力がある。

本の冒頭には、エミリー・ブロンテの生い立ちが記されています。それによると、彼女は生涯のほとんどを英国ヨークシャー州ハワースの「荒野」の中の牧師館とその周辺で過ごしたとのことでした。

「荒野」というと、あまり草木の生えていない荒れた大地を想像しますが、美しい自然の様子を描いた作品が多いので、花々で豊かな土地の中に居たのではないかというイメージを抱かせるものでした。

大きな岩の上に腰を下ろし、紙と筆記具を手に、穏やかな風が草原をゆらゆらと揺らしている様子を静かに眺めている。そんな姿を想像しましたが、そうではなかったようです。

もしかすると、荒野の中だったからこそ、彼女はわずかな草木の生命力に目をしっかりと向けることができたのかもしれません。遠い世界のどこかで、美しく、力強く花が咲いているような様子を、頭のなかでイメージしていたのではないでしょうか。


武装した仲間たちよ、私は
あなたたちの足が彼の墓の
暗い休息場の上を踏んで行くのを見て、
ある色あいの感情(悲しみ)が大きくなるのに気づいた。

さらにもうひとつの特徴として、姉とともに作り出した架空の島「ゴンダル」の英雄たちの栄枯盛衰を描き出した作品も含まれているということがあります。

「ゴンダル」の登場人物の語り口によって、その架空の島の全体像を浮かび上がらせていくような複雑な手法を取っているのです。

空想の世界を考え出して、自身の感情を投影しながらその世界を描き上げていく高度な技法を用いた彼女の想像力と集中力の高さには本当に驚いてしまいました。


現代の私たちは、街の中で道路やビルに囲まれ、張り紙や看板が溢れる中、様々な騒音と、数分おきににモバイル端末のもたらす通知と情報とに追い立てられるように日々を慌ただしく過ごしています。

好奇心をもって生命の成り立ちを学んだり、知的な遊びを生み出したりする彼女の「自然への観察力」と無限に広がった「想像力」。便利な生活を送ることができるようになった反面、今の私たちにはとても真似ることの難しいものですが、本当に心豊かに過ごしていくためには、彼女から学ばなければならないことなのかもしれません。