戦争と、祖父の寡黙さ

言葉の力。祖父の戦争体験。夏の日にすべきこと。

『東京空襲犠牲者を追悼し平和を祈念する碑』2015年の夏の日、東京都横網町公園を訪れた。

家族に伝わる「言い伝え」

うちの家族にはとある「言い伝え」がある。

戦時中、徴兵された祖父は、戦艦に乗って出征することになった。そしてその際に、乗っていた船が被弾し、海に沈んだのだという。海に沈んでゆくあいだ、祖父は船からかろうじて脱出し、泳いで近くの陸地に辿り着き、ようやく一命を取り留めたというのだ。母から聞かされた。

日本から戦地へ向かうときなのか、それとも別のときなのか。一体どこの陸地へ辿り着いて、その後どうなったのか。そもそも本当に現実に起こった出来事なのか、作り話なのか。寡黙な祖父は一切この事を語ろうとはしない。

ただ、一度、祖父は「お前くらいの歳のときに戦争へ行ったんだ」とだけボソっとひとこと言ったことがあった。夏の日に祖父母のもとを訪れた、18歳か19歳のときだった。


『東京都慰霊堂』関東大震災と東京大空襲の慰霊堂。手を合わせてきた。工事中だったが、中に入ることはできた。

毎年夏に報じられる「戦争」

夏になると、新聞の紙面には戦争にまつわる記事が連日掲載され、その悲惨さや、長い年月が経過したことによる継承の必要性を伝えている。

そのなかで気がついたのは、戦争を経験しながら戦後70年以上の間、これまで戦争については一切語ってこなかった方もいるということだ。毎日新聞によると、広島市の77歳の男性は、孫が平和記念式典に参加するのをきっかけに、初めて被爆体験を語る活動に参加し始めたという。これまでは「思い出すのもつらく被爆体験を誰にも話さないままだった」そうだ。


言葉にして伝えること

祖父も、何か理由があって語らないのかもしれない。言葉にしてメッセージとして伝え、文字にして残すことはとても重いものだ。何十年も経った後に引用され、解釈され、何らかの感情を引き起こし、人々の議論の的になったりすることもある。

文字や文章の強力さ。もしかしたら、何かを語り、本や雑誌・インターネットなどのメディアを通して人に伝えたことがきっかけで、取材やインタビューなど依頼されるかもしれない。そうしたら、思い出したくないものを思い出し続けるような日々になる。祖父は、それをわきまえているからこそ、何も語ろうとしない。そんな風に考えるようになった。

『復興記念館』戦災者の遺品など展示されている。本物の遺品には胸を打たれる。

あえて事実確認しないように

夏になると、祖父母のもとへ訪れることがある。

「言い伝え」について、事実なのかどうか、確認してみようか考えたこともある。それを書き残して、しっかりと保存し、広く伝えようかとも。現代なら、インターネットと優れたサービスもある。

だけど、ただもの静かな性格だということ以上の想いを秘めている可能性があるとしたら。そう考えると、あえて何も聞かずにいる方がいい。このままずっと「言い伝え」にしておこうと、今では思うようにもなった。

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