さよならをする時は、こんなふうでありたいです。

死はだれにでも訪れるのに、まだ、どうやって扱えばいいのか心許ないと感じるときがあります。

私の知り合いの話にとても心打たれました。

シェアします。

ーーーーーーー

私の父が昨日の朝亡くなりました。

そして、お昼には埋葬されました。

ユダヤ教のしきたりに従って。

私はベルリンにいます。

お葬式には出席しないことにしました。

もう、父はいませんので。

あるのは、父がもう使わなくなった肉体と棺です。

私は、悲嘆にくれたり、悲しみに震えたりはしないです。

父の精神に反するからです。

父は、悲しんだり、怒ったり、困ったりしている人を見るのが本当に嫌いでした。

特に親しい人がそうだと大変気にしていました。

私は、父が亡くなったことを悲しむのではなく、その生き様を祝いたいと思います。

そこで、美しい庭園に行き、シガーを一本吸いました。

シガーを吸うのは、父の影響です。

私は4歳の頃から、父のシガーに火をつけてきました(古き良き60年代だからできたことです)

ウイスキーも持って行きました。

飛行機で配られる小さいやつです。

人が疎らな公園で、ベンチに座り、シガーを吸って、彼との思い出に酔いました。

父の偉大さにまざまざと触れました。

父ほど、友達が多く、コミュニティに愛された人は知りません。

とても寛大で親切で、人に与える人でした。

彼のお陰で、ロンドンに30年も暮らすことができています。

ロンドンに来た当初は、緊急用に父のクレジットカードを持たせてくれました。

父がとても恋しいです、そして、私の心はとても平和です。

父との関係には、幸運なことに、なんの後悔もありません。

あるのは、愛だけです。

Like what you read? Give Ken Matsunaga Sedmak a round of applause.

From a quick cheer to a standing ovation, clap to show how much you enjoyed this story.