衝撃のAugust

Ken Miura
11 min readOct 18, 2015

なんかFacebookへの投稿で「Augustのオフィスで凄い衝撃を受けた。日本のスマートロック会社はもう遅れすぎていてヤバイ」と煽るような事を書いたのが運の尽き。「ガタガタ言ってないで、早くブログで詳細書け!」と各方面からプレッシャーを受けてしまったSF在住中年起業家Kenです。ただ自分の考えの整理になる以外にも、やはりIoTというジャンル(?)をハード売り切りだけで捉えてしまうのと、本気でプラットフォームを目指すのとでどれだけ差が出るかを思ったより早く、具体的に示している事例かも?と感じたので整理してみる価値があると考えました。

サンフランシスコ市内のオフィス。プレスのために用意したデザインモックなどが綺麗に展示してあったり、評価用の様々なタイプのドアや鍵がずらりと並んだ倉庫のように広く、でも綺麗で素敵なオフィスでした。$50M調達とかすると色々とできていいなー(ボソ)。まぁそこじゃないけど。

簡単な背景

Augustは2012年にサンフランシスコで連続起業家のJason Johnsonとデザイナー起業家のYves Beharが始めたいわゆるIoT / Smart Home / Securityの分野のスタートアップで、簡単に言うとドアに設置してアプリで操作できる「スマートロック」を作っています。シードで$2M, Series Aで$10M, Series Bで$38Mと大型の資金調達をしており、創業者二人がベテランのロックスター級人材であるので知名度が高いです。(ちなみにSeries Bでは日本のVCであるGlobal Brainを通じて通信キャリアのKDDIが投資に参加しています)

二人の経歴の詳細はリンク先で見ていただくとして、Jasonさんは何回も起業&Exitを繰り返している連続起業家で、またIoTコンソーシアムの会長も務めています。Yvesさんはfuseprojectというかなり有名なデザインファームの創業社長でありJawboneをはじめ有名な製品のデザイン・ディレクターでもあります。そういう事もありAugustの一連の製品がデザイン指向なのが感じられますね

プロダクト

さて、ハードウェア製品その物の詳細はここでは短めにしておきますが今回の発表で追加された物はメインで3つ

1)まずは中心となるSmart Lock。これはドアの内側に取り付け、Augustが提供する一連のバリューチェーンの中心になる物です。今回追加されたのはHomeKit Editionという物で、AppleのHomeKitに対応することによりSiri経由の音声でドアの開け閉めになりました。(対応するためにAppleの規定を満たしたハードレベルでの変更が必要だったらしく、従来の製品のアップデートではなく、新規のバージョンアップをした模様)

August Smart Lock

2)Smart Keypadは数字でコードを入力することにより上のSmart Lockを解除する事ができます。これがあると鍵を開けるのにスマホのアプリなしでも、ランダムで発行されるコードを配達屋さんや友達に与えて一時的にアクセスを与える事が可能。

August Keypad

3)Doorbell Camは玄関に設置して、ドアの外にいる訪問者をカメラを通じて見たり(一方向)、家から離れていても音声で双方向に対話して相手を確かめる事ができます。こちらもSmart Lockと連動していて、鍵を開く事が可能。他社の製品も類似した物がありますね。

August Doorbell Cam

4)こちらは新製品ではないですが、Connectは部屋のコンセントに挿すWiFi to Bluetoothのブリッジ。外出先から家のSmart Lockをインターネット経由で直接制御するためにはこれが必要です。(もしくは新型のLockだとAppleTVがあればHomeKit経由で同じような事ができる。。。らしい)

August Connect

エコシステム

さてここからが衝撃を受けた部分。上記のハード製品群は好き嫌いはあるにせよ洗練されたデザインとメカ設計で良くできています。しかし他にも様々なスタートアップが似たような製品を出しているし、そもそも「家の鍵をアプリで開けられるよん」という価値提供のみではまだ一般の人にそこまで刺さらないのが現実だと思います。「普通に開ければいいじゃん」って思いますよね。私はそうでした^^;ただ、直近の「便利さ」に関してはひとまず置いておくと、Augustの経営陣が目指すその先の世界が非常にシリコンバレーらしい大きなビジョンがあり、そこに向けて着実に実行を重ねているのが分かります。

今回発表されたのはAugust Accessという様々な3rd Partyサービスと連携したプログラム。ざっくりと書くと配達系(食・花・郵便など)、ホームサービス系(清掃・家電の配送&設置)、ホスピタリティー系、その他(老人介護、ペットの散歩サービス)などまずは12社が今回パートナーとして発表されています。これらは全て法人用の建物や住宅になんらかのアクセスが必要なサービスですね。August Accessはこれらのサービスを使用する時の連携を自動化して滑らかなlow frictionを実現するためのプログラムです。分かりやすい例で言うと、ホームクリーニングを頼んだら自動的に一時的アクセスキーが発行され自分が家にいない間に全てが終わっており、部屋への入出なども全部スマホで分かる、ってイメージですね。

ここまで文章で書くと「ふーん」ってレベルかもしれません。多くの人が「自分が欲しいかどうか」という観点でこの手の製品を判断してしまうのもあるかと思います。私は以下の観点から凄みを感じました:

1)Execution & Speed:3年弱前に設立された会社がこの時点で完成度の高い製品群とバックエンドサービスを構築することによりこれだけのパートナーと連携をしていることは特筆すべき事だと考えます。そしてビジョンを明確に対外的に示す事によりSmart Homeの分野で明確なリーダーシップポジションを取る事に成功したとも言えます。そしてこれは2)に繋がります。

2)Partnership:発表されている物以外でも話を聞くとNest(今はGoogle…というかAlphabetカンパニー。ややこしいなw)のトップからも直接電話が来て「おめでとう!これは素晴らしい executionだ。もっと連携しよう。」と言われたり、Amazon(Echoでスマートホームを狙っていいる)からラブコールが来たりしているそうです。これは多分オープンな場で書いてはいけないんだけど、シェアエコノミーの最先端をいっているアノ会社のアノ社長も話しに来たとか。要は様々なデリバリーをするいわゆる「オンデマンド系」の会社は顧客にサービスを届けるまでに全て最後のLast 10 Inches(今勝手に考えた。1 inchの方がキャッチーかもしれないけど現実にはもっと距離あるなとか細かい事を。。。^^;)のアクセスが必要であり、Augustは必ずそこに入り込めるし、実際にそれらの会社もみんな興味を持っているのです。かつその辺のメジャーな会社はみんなAugustと同じSF/シリコンバレーにいるんですよね。。。テック系以外でも今回のパートナーになっているSears Holdings(売上2兆円以上のデパート)の会長も個人的に興味をもっているようです。(ちなみに多分この人。ウォールストリートで大成功したprivate equityの有名人らしい。)

3)Vision: 「家のスマートロック」というフレームだけで捉えるとなんともニッチに聞こえてしまいます。Augustも入り口はそこだったかもしれませんが、彼らは Identity & Accessibilityという広義の観点からもっと大きな市場を考えているわけです。WebサービスだとOAuthなどのアクセスに関する技術がありますが、それを物理的な世界に持ってくるわけですね。彼らが言うには既存のデリバリーやホームサービス系のサービスだけでも、提供側が建物に入れない、受け取り側がわざわざ休みをとってそのためだけに家にいる、といった事は未だに日常茶飯事で、サービス提供側としても相当な損失が実はあるということです。その観点だけからでも興味を持っている企業がかなりあり、さらに今後出てくる様々なサービスと連携した物理的アクセスのプラットフォームと捉え、そこに眠る膨大なトランザクション数を考えると何千億なのか何兆円なのかは分かりませんが相当大きな市場になる可能性を秘めています。

まとめ

今回衝撃だったのは、Augustの圧倒的なスピード感と見据えている市場の大きさでした。この辺の絵を描くだけなら日本でもUSでも賢い人がやってそうです。しかしゼロから始めたいちスタートアップの資金調達の規模と実行するスピード感から考えて、これぞシリコンバレー!という良い例だと思います。もちろんまだこれからだし、サードパーティーサービスを含むエコシステムの発展と浸透、製品の使い勝手、セキュリティーへの不安の解消、その他啓蒙活動とまだまだできることがあるのかもしれませんし、本当にAugustが目指す世界の通りになるかの保証はありません。ただ、「最速で1番」にまずなることでそれらの問題は全て資金、人材、パートナー、技術が解決してくれる可能性が高いわけです。事業性を長々と時間かけて調査して、始める時も小さくやるとこういう動きは出来ません。

また別の場で聞いたのですが、AugustのSmart Lock内にあるサーボモーターは消費電力を抑えたままで業界最高水準のトルク出力が可能なカスタム品らしく、これは日本のミツミと共同で作った物だとか。(中国のメーカーとやっていたのは失敗した後に彼らと組んだ)。それはそれで誇らしいし、日本の高付加価値部品メーカーは素晴らしいのですが、それでも不安が拭えないのは結局最終的なセット製品、そしてその先にあるビジネスモデルとエコシステムが全て取られてしまっているようだと利潤の大半はUSの会社が得ることになるわけです。これは初期のiPodの背面ミラー加工を新潟県燕市の研磨職人が実現した。。。けど結局儲けたのは誰?今もビジネスになっているの?という話に通ずるかなと感じたわけです。

そういう話もあり、スマートロックは何社かのスタートアップがやっていますが始まりが遅い上にチマチマと小さく(ごめんなさい^^;)やっている間にこんなに大きな差が付いている!と感じるのは私だけではないと思います。「じゃあどうするんだよ!」という事に関してはまた別の議論なのでここでは割愛しますが。。。

おわり

さて、さくっとですが雑感でした。今回話を聞いたのは私のUCLA AndersonのMBAプログラムで同級生だったNateで、彼のタイトルはChief Revenue Officer。IoTやスマートホーム関連を長年やっており、創業者のJasonと仲が良いのもありジョインした模様。文中で挙げた戦略パートナーシップを進めている張本人です。もともとはMr.IoTである彼にうちの会社のDouZenで作っているIoT製品のアドバイスをもらいに行ったら、Augustの話が予想以上に面白かったという事でした。あ、一応役に立つ人を紹介してもらったり、ハードに強いアクセラレータの推薦をいただいたりもしましたよ^^ シリコンバレーも人的ネットワークが大事なのです。ではでは~

この、「どれだけの損失が生じているかの試算」ってどういう感じでやるのか興味あると言ったらNateは「あー、そういうのは元マッキンゼーの若いやつでも雇ってやらせるよ。。。」と答えたのでちょっと笑った。そういうのは得意な奴に任せたほうがいいねw

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