なぜアメリカで教育系スタートアップが生まれやすいのか

Kenryu Sato
11 min readSep 10, 2015

--

記事要点
1. アメリカは経済格差や地方分権による教育格差が激しい
2. 教える内容を統一するコモン・コアが始まる
3. ビジネスモデルの確度の高さと資金量の大きさ

Facebookが公教育向けのサービスを開発

先日Facebookが公教育のプロジェクトを発表しました。日本語の記事として、THE BRIDGEが取り上げていたので紹介しておきます。Facebookが公開したのは、個々人の学習状況を把握するPersonalized Learning Plan (PLP)というサービスです。生徒は先生と長期目標を定め、その目標を達成するための日々の学習計画を視覚化し、その状況を追っていけるようにするというものです。そのための教材や宿題といったコンテンツをオンラインで個々人毎に配布していきます。

FacebookのCEOのMark Zuckerberg氏は、教育分野へ熱心であり、Startup:Educationという非営利の教育財団(※表現正しいのかわかりませんが)を設立し、そこからPanorama Educationなどへ出資している他、Altschoolにも個人で出資しています。

Panorama Raises $12 Million To Help Schools Understand Their Students

Altschool Raises $100M From Founders Fund, Zuckerberg To Scale A Massive Network of Schools Around Personalized Learning

Panorama EducationやAltschoolについては、いつか詳しくブログで紹介していこうと思います。

Facebookだけでなく、GoogleもClassroomを公開するなど、AppleやMicrosoftに続き、近年世界をリードするシリコンバレーのテクノロジー企業が教育分野にも熱心に取り組むようになってきています。

先日初めてmediumで公開した記事でも、いくつかアメリカの教育スタートアップを紹介しましたが、今回はなぜアメリカで教育系スタートアップが生まれやすいのかについて考察していきます。

経済格差と地方分権が引き起こす教育格差

改めて説明するまでもないかもしれませんが、アメリカは多民族国家であり、様々な人種や文化圏が共存している国です。移民の国であり、特に南部はメキシコ系移民やアフリカ系移民のアメリカ人が多いことから貧困率が高く、アメリカは所得格差の大きな国となっています。

また、アメリカは地方分権が進んでいる国であり、学校や自治体によって、教える内容や教えるやり方も自由とされていました。学校によって教育の質が全然違うので、卒業後の生徒の学力もバラつきがあり、家庭の所得が高い地域と低い地域とで大きな開きが見受けられます。

経済格差の大きさと地方分権が、アメリカの大きな教育格差を引き起こしたと考えられます。

(※著者は地方分権よりも中央集権が優れていると主張しているわけではなく、単に教育格差の背景に地方分権があったであろうと主張しているだけです。日本においては地方分権を進めていかなければならないと考えている次第であります。)

全米共通の学力基準、コモン・コアの導入

卒業後の学力格差を解消するために、2009年にCommon Core State Standardsという、全米共通の学力基準が発足されました。日本でいうところの学習指導要領のようなものだと考えてもらえるといいかもしれません。

多くの読者の方が今までなかったのかと驚かれるかもしれません。2014年に施行されたのですが、教えるやり方はこれまで通り自由であるが、せめて教える内容は統一しようという考えであり、その基準となるのがコモン・コアです。コモン・コアに関しては、アメリカの教育とテクノロジーメディアのEdSurgeで働いている日本人であり、友人の上杉周作さんが以前に詳しい記事を書いていたので、こちらを参照してください。

24歳のエンジニアが考える、教育イノベーションの未来(後編)【連載:上杉周作③】

コモン・コアが発足されるとどうなるかというと、これまで通りのやり方では、この基準に到達できない学校や自治体が多数出て来ます。そして、学校や自治体がこのギャップを埋めるためにテクノロジーを活用することに積極的であることが、アメリカで教育系のスタートアップが多数生まれている理由です。

ただ、聞くところによるとこのコモン・コアが現場に混乱を持たらしているそうです。一旦コモン・コアを採用したのを排除したり、親がコモン・コアの試験を受けさせないといった話も耳にします。コモン・コアが得体の知れない曖昧なものと捉えられてしまっているのではないかと想像できます。日本でも2020年の学習指導要領の改訂を控えていますが、評価基準や効果測定方法をしっかり定めないと同様の混乱を招いてしまうのではないかと思います。

アメリカの教育系スタートアップの1/3を占めるデジタル教材分野

学力格差の大きさとコモン・コアの発足により、アメリカでは教育分野のスタートアップが多数生まれてくるようになりました。その中でどのような分野のサービスが多いのか見ていきます。

先日書いた記事で、公教育の分野を上図のように4つに分類しました。EdSurgeの上杉周作さんによると、上図の「Curricula」にあたるデジタル教材分野が全体の1/3を占めているそうです。

アメリカの教科書事情について詳しく書かれてあるこちらの記事が非常に参考になるので、できればこの記事の内容は全て読み進めて頂きたいです。

葛藤続きの教育十字軍・その1.5 / アメリカの教科書はなぜ重たいのか

上杉さんの記事にもある通り、アメリカでデジタル教材ベンチャーが多いその他の理由として、アメリカには教科書検定がなく、州や学区毎に教科書を選定すること、アメリカの教育現場が予算に対して持つ権限が強いこと、つまり、地方分権がなされていることが挙げられます。

現場の権限が強いということは非常に重要です。スタートアップのような新興企業が創ったサービスであっても、現場の人々が気に入れば決済が下りやすいので、短期的に売り上げが見込みやすくなります。つまり、ビジネスモデルの確度が高いということがいえます。

2014年のEdTech企業の資金調達額は前年比70%増

アメリカのみではなくグローバルなデータですが、2013年と比較すると2014年は件数自体は微減ですが、資金調達額は70%程増えています。下図は四半期毎のデータですが、2015年も増加傾向にあります。

Funding To VC-Backed Education Technology Startups Soars 96%(CB INSIGHTS)

資金調達額だけではなく、M&A件数、規模も増加しています。下図は2012~2014年の3年間のEdTechのM&Aをまとめたものです。2014年のM&Aの規模は前年比で25%増加しています。

シリコンバレーのEdTechに特化したシードアクセラレーターのImagine K12がスタートしたのが2011年の夏です。EdTechの資金調達額が増加していることは、この頃に生まれ始めたスタートアップが順調に成長してきていることの証明になるのではないかと考えています。事実、Imagine K12の1期生であるremindは合計で$59.5M、ClassDojoは合計で$10.1Mを調達しています。

アメリカでは教育分野のスタートアップが生まれて来ているだけではなく、多額の資金が彼らに流れ込み、彼らの成長を支えています。上杉さんの記事の指摘にもあるように、アメリカで教育系スタートアップが生態系を作るには、公教育に切り込む必要があり、1/3を占めるデジタル教材系スタートアップに懸かっているといえます。データが十分に揃い、デジタル教材を利用することによってアメリカの生徒の基礎学力がどれだけ向上するのか鍵になりそうです。

【補足】アメリカと日本では、フォーカスされる(べき)問題が違う

アメリカの場合、教育格差が激しいことから全米の基礎学力を底上げしていくという課題が大きく、そのためにデジタル教材ベンチャーが登場してきています。

しかし、日本の場合、その基礎学力についての課題は深刻ではないどころか、課題とされていないといえるかもしれません。OECD(経済協力開発機構)加盟国を中心に3年ごとに実施される15歳児の学習到達度調査、PISAのデータを見てみましょう。

「数学的リテラシー」「読解力」「科学的リテラシー」の3分野に分けて調査が実施されるのですが、OECD加盟国の中で日本のそれらの成績は数学的リテラシーが2位、読解力が1位、科学的リテラシーが1位と総合で1位でした。

(上図引用元)

アメリカの場合、OECD加盟国の中で、読解力はぎりぎり平均を上回りましたが、数学的リテラシーと科学的リテラシーに関しては平均以下という結果です。

ここでは詳細に分析するつもりはありませんが、アメリカのGDPの大きさなどを考慮すると、感覚的にもアメリカの学力格差が大きいことが理解できると思います。アメリカの場合、PISAでも測定されるような基礎学力の成績を引き上げることこそが、最重要課題とされているのではないかと考えています。

逆に、トップ層を引き上げるという意味では、ハーバード大学やスタンフォード大学などの世界的にも評価の高い大学の存在、MOOCsの充実、シリコンバレーなどの起業の生態系環境など十分に揃っているといえるのではないかと考えます。

前回の記事でも書いた通り、日本の場合は学習指導要領の改訂や「アクティブ・ラーニング」という言葉の登場にも表れていますが、課題とされているのは単なる教科・科目の基礎学力の向上にあるわけではありません。

知識を用いていかに主体的に課題を解決していけるか、実社会で活躍していくために必要な普遍的なスキルの獲得といった、高次元の課題に直面しているといえます。それらのスキルは非常に抽象的であり、効果測定も数値評価も極めて困難です。ですが、現在行われている日本の教育改革は、この難易度の高い課題の解決に取り組んでいるのです。

文部科学省の大臣補佐官の鈴木寛さんが、なぜ教育改革に取り組んでいるのかについて書いている記事があるので、よければこちらも一読してみてください。

将来、人工知能に仕事を奪われないために!若者を「開花」させる文科省の教育改革

その他、日本の公教育の課題は、教員の労働環境や校務に関する課題が大きいです。アメリカと日本とでは、その背景や課題とされている領域も違うので、上杉さんも指摘している通り、「アメリカでイケてる教育ベンチャーのビジネスモデルを日本に持って行きたい」と単にコピーしても通用しないでしょう。

他の分野と比べて、教育分野はそれぞれの国により事情が大きく異なる分野であり、それぞれの国ごとに応じた展開がより求められる分野であると思います。アメリカでやる場合はアメリカの事情を、日本でやる場合は日本の事情をよく知る必要があるので、今回はアメリカの事情について解説してみました。

※追記
アメリカにはKIPPRocketship Educationなどのチャータースクールが多数存在するのは、アメリカの学力格差が深刻な課題であるからといえます。

--

--