日本の公教育をより良くするためには

僕はednityというコミュニケーションサービスを学校向けに提供しており、教育業界の中でも特に公共性の高い公教育の領域の課題の解決に取り組んでいます。

(※日本語の教育という言葉は、教え育てると書き、先生-生徒の主従関係があることを意味していて、個人的に好きな言葉ではなく、本来使用することを極力控えていますが、ここではわかりやすく進めるために便宜上敢えて使用します)

学校での教育は、誰もが受けてきた経験があるので、多くの人々が高い関心を持っているテーマではありますが、現在起きている学校現場の課題や変化について知る人はあまり多くなく、関心はあるけどどこから手を付けて良いかわからないという人々が数多く存在している印象を受けます。実際にアクションを起こす人々が増えていくこと、僕自身が事業について説明する手間を省くことを目的に、これまでに事業に取り組んできて得た知見や僕自身の考えを共有します。

1. 学校教育の世界で何が起こっているのか

まず前提として、現在の学校の教育過程を修了しただけでは、社会で生き抜き、活躍していくためには不十分だと多くの人々が考えているのではないかと思います。社会は工業化社会から情報化社会へと急激に変化しており、企業や保護者、社会が学校へ求める期待も変化しています。その変化に対して国の政策や教育機関の対応が追いついていないというのが現状です。

学校の教育過程を通して、生徒がどのような力をどのようにして身に付けていくべきか、またその力を身に付けられたかどうかをどのようにして測定していくかを再考しなければなりません。

非常にポジティブな兆候として、教育業界は2020年に向けて大きく動いています。業界内の人であれば、中央教育審議会の諮問や答申の内容は抑えていると思いますが、業界外の人や興味関心のある人がとりあえず抑えておいて欲しい大きな動きは、大学入試制度改革学習指導要領の改訂です。

1–1. 大学入試制度改革

まず大学入試制度改革ですが、大学入試制度を変えようとすることは非常に正しい動きです。教育過程の各段階の間には、入試という、多くの10代にとっての一大イベントがありますが、入試が存在する限り、その前段階でより良い変化を起こしても、最終的には授業内容を入試で評価されることに最適化していく力学が働きます。

余談ですが、新しい学校の取り組みのニュースを目にするとき、その学校が中高一貫校である場合が多いかと思います。その背景には、高校受験という足かせが存在しないという理由があります。カリキュラムや授業を高校受験に捉われることなく、長期的にデザインしていけるという利点があります。

具体的にどのような入試になるかというと、一発勝負のセンター試験を廃止し、基礎学力を測ることが目的である、複数回受験可能な到達度テストを実施します。センター試験は、基礎的な学力だけでなく、各科目で高度なレベルの応用力が求められる上、年に一度しか受験できないという特徴を持っています。正解のあるペーパーテストで測定する内容は基礎学力で充分であり、それ以外に絶対解のない課題に対してのどのようにアプローチしていくか、思考プロセスも評価していきます。

アメリカを例に取ると、アメリカにはSATと呼ばれる統一テストが存在し、1年間で7回受験可能です。その他は、学校の成績や課外活動、エッセイ、推薦状、面接など、総合的に評価されます。アメリカの場合、入学は容易で卒業するのが困難とよく日本と対比されますが、入試においてはセンター試験の結果次第でほぼ合否が決まってしまう日本とは大きく違います。

大学入試がアメリカに近い形になるとして、実現させるには課題があります。これだけ手間暇かけるということは当然採点コストも上がります。この辺りは専門的に研究しているわけではないので詳しくはありませんが、センター試験を2日間実施するにしても相当な数の人員を要しているはずです。その上、エッセイや面接の評価も加わるので、到達度テストなど、効率化できそうな部分をいかに効率化するか、採点コストをいかに抑えていくかが課題です。

もう一つの課題は、大学側が求める人材が多様化するかどうかです。センター試験やペーパーテストが、ある程度学生をフィルタリングする機能を果たしているため、偏差値の高い大学が学生を多面的に評価するわかりやすいインセンティブ設計が難しいのではないかと思います。〜大学なら〜学部、〜大学には〜の分野で第一線に立つ教授がいるなど、わかりやすい付加価値があれば自ずとそれに刺さる学生が集まるかもしれません。それ以前に高校までの段階では、学生にそれほど色が付いておらず、偏差値の高い順に合格させた方が合理的と考えるかもしれません。

1–2. 学習指導要領の改訂

鶏と卵問題のように思えるこの問題、大学入試制度をまず変えるのは正しいですが、高校までの教育過程も同時に変えていかなければなりません。そこで学習指導要領の改訂です。

文部科学省が「初等中等教育における教育過程の基準などの在り方について」という諮問の中で、課題の発見と解決に向けて主体的・協働的に学ぶ学習として、「アクティブ・ラーニング」と言葉を用いたことは大きな話題となりましたが、僕自身は国としてようやくテコ入れしていくぞというメッセージとしてポジティブに受け止めました。

学習指導要領で定められた教科・科目の授業の中での学習体験の多くは、前提として何らかの課題が与えられ、その課題には絶対解が存在し、その解に辿り着くためには暗記や記憶力が重要です。

工業化社会から情報化社会へシフトし、学校の中での前提条件と社会の中での前提条件はさらに大きくかけ離れていってしまっています。社会の中では課題を自ら見つけ、絶対解のない課題に取り組み解き方も自由です。その上、インターネットやスマートフォンの普及により、情報を収集し、無限にある情報リソースの中から価値ある情報を判断し思考していくという、これまでの学校の中とは全く違うアプローチが必要となります。

学校の中では既に選定された情報が教科書や参考書の中に記載され、その限られた情報の中から思考します。受け取る情報量は限定的で、情報化社会を生き抜くために最も重要な力である、情報を探し出し、情報の価値を判断するという行為が欠けています。

学校の授業や学習体験をリデザインするためには解決していかなければならない課題がたくさんありますが、それについては2章にて言及します。学習指導要領の改訂に込められた意味とは、教科・科目における基礎学力を養うだけではなく、実社会により近い環境で、実社会で必要とされる力を養っていくことも学校教育に求められているということではないかと考えます。

2020年までに、生徒1人に1台の情報端末の普及を目指す「教育の情報化ビジョン」の実現は、学校環境を社会環境に近づけていくために必要不可欠です。教育現場でのICT活用の動きが盛んな背景には以上のような理由があると言っていいのではないでしょうか。

2. 学校現場の課題

大学入試制度改革や学習指導要領の改訂などにより、学校現場が変わっていく必要があります。そのために解決しなければいけない課題は、大きく分けると校務と授業の2つです。

2–1. 校務課題~世界一多忙な日本の先生~

2013年に、OECD国際教員指導環境調査(通称:TALIS)の調査結果が公表されました。その中でも特に着目して欲しいのは「教員の仕事時間」に関するデータです。感覚的に日本の学校の先生は多忙だと認識している人も多いと思いますが、それが数値として如実に表れています。教員の1週間の仕事時間は、調査参加国の平均が38.3時間であるのに対し、日本の教員の1週間の仕事時間の平均が53.9時間であり、参加国内で最長となっています。公立の教員は公務員であること、会社員の労働時間を週40時間を目安と考えると異常に長いと感じるかと思います。

また、その中でも事務業務に割く時間は、参加国平均が2.9時間であるのに対し、日本は5.5時間であり、韓国、マレーシアに次いで3番目に長いです。加えて、部活動など課外活動に割く時間は、参加国平均が2.1時間であるのに対し、日本は7.7時間と断トツで最も長いです。ちなみにマレーシアが4.9時間と2番目の長さであり、こうして改めて見てみると、もしかするとマレーシアは日本と近い環境なのではないかと気になり興味深いです。

先生たちが授業を向上させていくためにはそのための準備、授業デザインのための時間が必要です。つまり、先生たちの可処分時間をどのようにして増やしていくのかという視点を持つことが必要となります。日本の先生の労働時間は最長で、これ以上労働時間を増やすわけにはいきません。これまで割いていた無駄な時間を減らしていくという視点が必要不可欠です。

部活動の時間を減らし、代わりにコーチを雇えるように予算を確保していくことが、先生の可処分時間を最も増やせそうですが、これを実現するには大きな政策が必要なので現状では現実的ではありません。となると、目を付けるべきは事務作業などの校務の効率化です。校務システムのクラウド化やICT活用の流れにも合っています。

2–2. 授業課題~先生の抱えるジレンマ~

教員の仕事の負担を軽減し、教員がより授業に集中できる環境になったとして、生徒の学習体験をより良くしていくためにどのように授業をデザインしていくべきかを考えてみます。

学校の授業となると、先生1人に対して生徒が35~40人くらいの規模が中心になっています。いわゆる学校の教科・科目で規定される学力を身に付けるとなると、先生1人が抱える生徒数は少なければ少ないほどパフォーマンスが高くなるはずです。家庭教師、学習塾の個別指導などがそれにあたります。しかし、当然それに伴い費用が上がります。

先生1人で40人規模の生徒を相手にすると、講義形式の授業が中心になります。現在では、講義形式は批判の対象となりがちですが、大人数が学習指導要領に規定された教科・科目の内容を習得することを目的とする前提においては、最も効率の良い、費用対効果が最も高い手法なのではないかと考えます。当然、前提条件が変わってきているので授業のやり方が見直されているわけですが。

下の図は、ラーニング・ピラミッドと呼ばれる、学習方法と平均記憶率の関係を表した図です。この図の是非はさておき、講義という手法による学習は、最も定着しにくいということがわかります。僕自身は学習科学の専門家ではないですが、学びを最大化させる方法は、インプットとアウトプットを素早く繰り返すこと、イテレーションだと考えています。それが学習のメカニズムです。

講義による学習体験を考えると、インプットする体験の割合が圧倒的に高いです。経験のある人が多いとは思いますが、典型例は大学の大講堂で行われるつまらない講義でしょうか。90%以上の体験がインプットで、アウトプットする体験がデザインされておらず、インプットした内容はすぐに忘れてしまい、試験前に必死にその内容の暗記に取り組みます。

しかしながら講義形式に終始しがちになってしまうことにも理由があります。学校の先生には学習指導要領で定められた学習単元を全て消化しなければならないというタスクが課せられています。一つ一つの単元で、ピラミッドの下部のような学習体験まで追求していくと全てを消化できなくなってしまいます。各先生は学習指導要領を基にカリキュラムをデザインしますが、講義中心でさらっと流す単元と、深掘りしていく単元とのバランスを取りながらカリキュラムをデザインしていかなければなりません。

・40人規模の人数に同時に対応
・1コマの授業時間(45分〜60分)
・膨大な数の単元の消化
・学習体験のインプットとアウトプットのバランス

学校の先生は、これらの制約条件がある中で授業をデザインしなければなりません。その上、事務作業や部活動の指導や保護者への連絡が重なり、授業同様に重要な仕事である学級や学年の運営を、生徒とコミュニケーションを取りながらこなしていく必要があります。

次はテクノロジーによりこれらの課題をどのように解決していけるのかを探っていきます。

3. テクノロジーは学校の課題をいかに解決できるか

僕自身、会社としてednityという学校向けのコミュニケーションサービスを運営しており、まさにこれらの学校の課題解決に取り組んでおりますので、ednityについても触れておきます。もちろんednityだけで全ての課題を解決できるわけではなく、これまで言及してきた課題の解決へのアプローチはいくつか残されています。

3–1. ednityの立ち上げの背景

ednityというサービスを立ち上げた背景ですが、人の潜在能力をいかにして解放することができるかというテーマに強い好奇心を持っています。僕自身の根源的欲求ともいえます。Educationの語源は、引き出すという意味を持つラテン語のeducereやeducareから来ていると言われてますが、人の学びをいかにして最大化するかというアプローチでそのテーマに取り組むことは自然なことでした。

「Redesign Learning Environment」と学習環境をより良くしていくことを会社のビジョンとして掲げているのですが、どのような状態が理想的な学習環境なのか、それに気付かせてくれたのがシリコンバレーのチャータースクール、Rocketship Educationへの訪問でした。詳しくはブログを参照して頂きたいのですが、生徒一人一人の学力習得を最適化して突き詰めていくことも重要ですが、同様に先生、生徒、保護者、地域の人々、そこに携わる人々の良い人間関係、良いコミュニティが形成されていることが重要なのではないかという強いインスピレーションを受けました。

とりわけ日本ではモンスターペアレントという言葉が飛び交うなど、近年学校と家庭との関係性は悪化し、希薄なものとなってしまっていっているのではないでしょうか。生徒間のいじめの問題も同様に深刻です。その原因として、互いのことを単によく知り得ないだけではないかと考えました。

アクティブ・ラーニングという言葉も出てきましたが、共通の課題に対して協力して解決に取り組むような体験を通せば、学級や学校、地域という単位の絆が強まり、良いチームを築くことはできるはずです。体育祭や文化祭への取り組みを通した体験は好例です。

そこに学校の文脈に合う、学校の中でも採用できる適切なコミュニケーションチャネルがあれば、そのプロセスを助長することができるはずだと考えました。ednityは、education と community を掛け合わせた造語で、そのような想いから生まれました。

3–2. 学校環境と社会環境のギャップを解消

学校の先生はもちろん、高校生の大半が、中学生や小学生でもスマートフォンを保有するようになり、学校の外では当たり前のようにインターネットアクセス環境下で生活をしています。学校の中でも公的に同様の環境を構築するために、自治体や学校がタブレット端末などの導入に動いているわけです。

学校の先生や生徒たちは、LINEのようなメッセージングアプリ、FacebookやTwitterなどのソーシャルメディアなどを通して日常的にコミュニケーションを取っていますが、学校の中だけが聖域のように、そのようなテクノロジーの恩恵を受けれないのは単におかしいという発想でednityを運用しているところです。

ただ、学校にも、一般的なコンシューマーサービスを公的に認めるわけにはいかないという事情があります。Twitter炎上、LINEいじめといった言葉はよく耳にするかと思いますが、それらのサービスが問題の根本原因ではないのですが、学校としても責任を負わなければならないのでそれらのサービスの利用を公的に禁止せざるを得ません。

学校が全くリスクを取らずに、SNS(※便宜上この言葉を使用)の利用を禁止すると、10代の時期に情報リテラシーを身に付ける訓練をする学びの機会が奪われ、Twitterで拡散され、瞬時に炎上したりと、取り返しのつかない失敗を犯してしまうこともあります。

情報リテラシーという観点からも、学校内の環境を社会環境に可能な限り近づけるということが必要です。ednityは自治体や学校も安心して取り入れられる設計で創られており、言わば免罪符にもなっているのかなと思います。

3–3. 学校に情報共有の文化を

ednityを導入した学校でどのような変化が見られているのか。これまであまり見られなかった情報共有の文化が生まれつつあると見ています。

2章で事務作業など校務課題について述べましたが、ペーパーレス化は校務を効率化するためには始めやすい取り組みです。学校では生徒や保護者へプリントを配布して連絡事項を共有していました。学校は人数も多いので印刷部数も大量に必要で、印刷の待ち時間も長く、その時間を積み重ねると無視できない無駄な時間となります。一度配布したプリントを生徒がなくして再度印刷しなければならないこともあります。

このことは会社の中ではいたって普通のことですが、今まで印刷して配布していた資料は、ファイルをアップロードしてフォルダで管理しておけば、生徒はいつでもアクセスできるのでそのような無駄はなくなります。

毎朝のHRの連絡や、授業での科目での連絡事項なども、ednityで共有し、生徒はそれを見て確認をすれば済むので、その時間に連絡することを忘れて慌てて教室に戻って伝えたり、その授業時間に合わせて急いで資料を準備しなくても、「ednityに上げておくから確認しておいてね」と伝えるだけで済みます。実際に学校の中でそのようなやり取りが行われています。

一般的な会社、特にソフトウェア開発を行う会社はそれぞれの文脈に合わせたコミュニケーションチャネルを使い分けながら、社内のコミュニケーションをデザインしています。学校にも遅れて同様の流れが起きてきているだけです。

「共有する」という体験は、連絡など校務に関わる内容だけでなく、授業や学習の中でも増えてきます。生徒のアウトプット機会を増やすために、授業でednityを活用する先生も多いです。通常の一斉学習では、生徒がアウトプットする機会は、手を挙げて発言するという手段による体験がほとんどで、その機会を得れるのは1コマの授業の中でも数人のみです。インプットした情報から思考し、その考えを共有して何らかのフィードバックを得る。この一連の流れを繰り返し何度も体験することが学習プロセスにおいて重要です。

これまでは、「手を挙げて発言することが恥ずかしい」、「自分の考えが間違っていたらどうしよう」といった考えが生徒の頭の中で巡ることもあり、自分の考えを共有する機会は非常に少なかったです。先生が上手くファシリテートしたり、ツールを上手く活用することで、考えを共有することを習慣化させていくことが可能です。それにより先生も全員の考え、理解度を把握することができるので、それぞれにフィードバックをしたり、次の授業で理解できていない部分をフォローしやすくなります。

また、クラス内のコミュニケーションチャネルが存在すると、家庭学習における学習体験も変わりつつあります。宿題に取り組んでいても疑問点は翌日学校に持ち込んで先生やクラスメートに質問するしかなかったのですが、質問を触媒に生徒同士で教え合ったりなど新たなコミュニケーションが生まれています。それがきっかけでリアル空間、教室内でのコミュニケーションが促進されたりもします。

考えなど何らかの情報を共有する文化が生まれることで、新しいアイデアが生まれたり、協力して課題に取り組んだり自然とコラボレーションが生まれるコミュニティに育てていくことが、コミュニケーションサービスednityを通して実現させたいゴールです。

3–4. 反転授業(Flipped Classroom)

テクノロジーで解決できることについて、ednityに限定して論じていましたが、次にテクノロジーによって誰でもできるようになったコンセプトである反転授業について取り上げてみます。

教育に関心を持っている人であれば、反転授業、あるいは反転学習という言葉を聞いたことがあるかもしれません。従来の一斉学習では、授業の中では講義形式によるインプット中心の学習体験、家庭学習では宿題を解いたりレポートを作成したりとアウトプット中心の学習体験でした。これらの学習体験を反転させるという考え方です。

Khan Academyのような講義動画を集めたサービスにより誰でも良質な学習コンテンツにアクセスできる環境ができたこと、Explain EverythingEducreationsShowMeなどのサービスにより、先生が簡単に講義動画を作成できるようになったことが要因です。

従来の一斉学習では、40人程度の生徒全員が、同じ時期に、同じ内容を、同じペースで、同じスタイルで学習しなければならないので、一人一人に合わせて学習を個別化することが困難です。講義動画を用いれば一人一人が自分のペースに合わせて学習できるので、インプットを家庭で、ディスカッションやプレゼンテーションなど教室の中でしかできないアウトプット体験を授業の中で行うということが、一般的に認識されている反転授業の考え方です。

僕自身は、反転授業の重要なコンセプトは、授業と家庭学習の学習体験を密接につなげることにあると考えています。上図にあるのが一般的なある単元の学習の流れだとします。学校で従来通りの流れで進めていくと、探求した内容を発表したりする時間が取れず、途中で途切れてしまうことになってしまいます。最後まで終わらなかった場合、宿題として課題を提出し、次の授業で答え合わせなど少しキャッチアップして次の単元に進むという流れが一般的かと思います。

反転授業では、家庭学習を通して生徒が学習する単元の内容をインプットしてきたことが前提で授業が行われるので、家庭学習の時間も含めて授業をデザインすることになるので、学習体験に一貫性が生まれます。

もちろん生徒全員がちゃんと動画を見てインプットしてくるのかどうかといった課題も残りますが、家庭学習と授業の学習体験を密接につなげることを意識して授業をデザインすると、学習体験もより良いものになる可能性があります。家庭学習で生徒がインプットするのかどうか、学習の動機付けをどう行うかの課題については、SNSを通して学んだことを共有する文化を築くことができれば、より良い結果になると思うのでこの点は学校との共同研究を進めていきたいテーマです。

3–5. 公教育を課題領域毎に俯瞰する

ここまで読んで来て、もし読者の方が事業者側の人であれば、そろそろどんな事業に可能性があるのかと考え出す頃かと思います。一度視点を離し、全体感を整理するために、マトリックス図を用いてみました。

Curricula

いわゆるドリルや参考者など、生徒が家庭学習で使用する学習コンテンツです。この領域のサービスが充実すると、学習塾、通信教育、家庭教師、参考書といったセグメントが含まれる校外学習市場にインパクトを与えるわけです。参考までにベネッセのIR情報のキャプチャを貼っておきます。

では、この領域のサービスの充実により公教育にどのようなインパクトをもたらし得るのか。一つは先ほどの反転授業でも言及した通り、先生の授業スタイルに影響を及ぼします。生徒が基礎知識をインプットするための教材として扱うことができる可能性が出てきます。教科書検定や著作権の問題も課題となりますが、先生が講義形式で最初から最後まで教科書の内容を進めなくても済むようになります。

そもそも講義形式で授業を進めながら1人の先生で40人程の生徒を相手にすることは非常に困難です。下の写真のように、生徒が理解できない部分をピンポイントに指導することが可能になるので、生徒1人あたりに先生が割ける時間が格段に増えます。なおかつ、ひどく疲弊しません。これは重要な点です。

生徒の学習記録を分析して、生徒一人一人に最適化したコンテンツを提示するエンジンが発展したり、コンテンツの質が向上したり、さらに言うと、人工知能により先生が個別指導に介入しなくても済むようになるかもしれません。

こういう話をすると、「テクノロジーにより先生が不要になる」と結論付ける人もいるかもしれませんが、そうではなく、「学校におけるテクノロジーと先生の役割分担が明確になってくる」だけです。

既に多くの人々が述べていることですが、先生の役割は生徒に何かを教え伝える師匠のような役割ではなく、ファシリテーターや学習コーチ、あるいはコミュニティマネージャーのような役割に変わってきます。「教育」から名実ともに「Education」に変わってくるわけです。

先生に求められる役割は、現状ではテクノロジーが担うことは難しく、先生にしかできない仕事です。一方、テクノロジーで解決できる仕事しかできない先生は不要になってしまうことを意味します。文部科学省でも「これからの学校教育を担う教員の資質能力の向上について(中間まとめ)」が出ていますが、大学の教職課程においてフォーカスされるスキルも変わってくることでしょう。

Instructional System

先生に求められる役割がファシリテーターに近くなると述べましたが、それを補助するのがこの領域のサービスである授業支援ツールです。テレビのクイズ番組のように、生徒がレスポンスできるクリッカーのようなサービスで授業のインタラクションを向上させたり、資料の配布や生徒のアウトプットを一覧で表示させたりといった、授業の展開を補助するようなイメージです。日本でいうと韓国のサービスであるPingPongロイロノートスクールがよく使われており、米国だとSocrativeKahoot!Classkickといったサービスがあります。

講義形式中心の授業においての一番の課題は、「生徒がアウトプットする機会の不足」です。現状アウトプット手段の多くは、挙手からの発言です。生徒がアウトプットする機会がなければ、生徒が自分の考えに対してフィードバックを得られる機会がなくなり学びも半減以下になります。また、先生も各生徒がどのような考えを持っているのか、理解しているのかどうかを把握することが困難になります。Curriculaにおけるサービスにより授業時間の中で講義を行う時間を減らし、Instructional Systemにおけるサービスの力を借りながら授業をインタラクティブでより良い体験に変えていくわけです。

さらに言うと、Showbieのような宿題添削サービスを用いると、宿題による学習体験も向上します。紙媒体で生徒一人一人にフィードバックを行うと、受け渡しのコストがかからなくなったり、コメントを追加するのにスペースがなくなることがなくなったり、宿題の提出状況も一元管理できたりします。

余談ですが、この領域はLMS(Learning Management System)でカバーされてる部分でもあります。LMSのようなサービスで全てを完結させるか、それぞれの用途に特化したサービスを使い分けるかといった2通りの使い方があります。前者はデスクトップやラップトップ時代のサービスの設計思想を踏襲しており、後者はスマートフォンやタブレット時代の設計思想を踏襲していると言えます。

Facebookは典型的な前者の例なのですが、一つのサービスであらゆる機能をカバーし、一つのウェブアプリケーションがプラットフォームとなった時代でした。スマートデバイスの場合はどうなるかというと、LINEのような入り口を抑えているアプリケーションもありますが、基本的にはOSがプラットフォームとなっています。ディスプレイが小さくなったこと、モバイルとなり隙間時間などの細切れの時間での利用が増えたことなどが要因となり、一つ一つのアプリケーションが一つの機能に特化し、非常に使いやすい仕様になっています。

学校や先生によって必要なサービスも違ってくるので、公教育でもそれぞれの用途に特化したサービスを使い分けていく方向になっていくのではないかと思います。

他にもこの領域では、生徒のアウトプットを一元管理するポートフォリオサービスも考えられます。アウトプット形式がKeynoteで作成されたドキュメント、動画ファイルなど、デジタル媒体のものが増えてきます。これまでだと、模造紙にまとめて発表したりとかでしょうか。紙媒体のアウトプットばかりだと保存しにくく後で振り返るのが困難であったり、デジタル媒体だと共有も簡単にできるので保護者が簡単に閲覧できるようになってきたりもするでしょう。この観点では、圧倒的にデジタルの方が利点があります。

Data

生徒の学習記録や作品など、学校生活の様々な取り組みがデータ化されるとどんな利点があるでしょうか。一つは効果測定が用意になることです。教育というのは、ある意味ブラックボックスであるかのように、外から中身が非常に見えにくい領域であります。

そのため、科学的根拠を示すエビデンスが不十分であり、大規模な教育政策が進みにくいのが現状です。医療と比べてR&D(研究開発)が極めて進みにくいことが課題です。日本においては、必要以上に平等性を大事にする風潮があることも影響しています。個人的には、機会の平等と結果の平等を混同していると感じたりもしています。

生徒の学習記録や取り組みがデータ化され視覚化されると、分析も用意になり授業や指導の改善につながります。実際、アメリカでは多数生まれていますが、アナリティクスに特化したサービスも出てくるわけです。

データがあり、DropboxやGoogle Driveのようなファイル管理サービス、ednityのようなサービスにより情報が共有されるようになると、職員会議の在り方も変わってきます。今までは共有のための会議がなされていたと思いますが、「この生徒はここが弱点だからこのようなやり方で指導していくべきだ」といった、意思決定のための意義深い会議に変わっていきます。

出欠や成績など、校務に関わる情報もデータ化され一元管理できるようになれば、2章で言及した校務負担も軽減されます。出欠管理や成績管理に特化したサービスも出てくるわけです。

政策推進のためデータを取得しエビデンスを示すことに関しては、総務省のドリームスクールのプロジェクトで、弊社と共同研究を進めている奈良女子大学附属中等教育学校も採択されたので、しっかりと成果を出していかなければならないという責任を感じているところです。

慶應大学の中室教授も「エビデンスベースト」の重要性を説いていますが、中室教授の「学力の経済学」は非常にお勧めです。

Professional Development

最後にPDです。僕自身、いくつかの学校で教員研修を担当させて頂いことがあるのですが、学期間の長期休暇期間は盛んに教員研修が実施されています。教師という役割からファシリテーターという役割に変わってくるということは、当然授業スタイルも変化します。しかし、そのためには先生たちも学びながら適応させていく必要があります。その学びを最大化させていこうというのがこのサービス領域です。

米国では、TeachersPayTeachersのような先生が作った教材を先生間で売買できるマーケットプレイスがあります。Bloomboardは最初は先生へのフィードバックツールだったのですが、ピボットしてマーケットプレイスへとシフトしています。現状、日本では副業禁止の制約があり難しいのですが、規制を緩和してもらいたいところです。先生の質を向上させる一つの解決策として、先生が付加価値を提供すればするほど稼げる職業にすることというのは必要なことであると思います。

この後マーケットの話をしますが、先生の質、教育の質を改善するためには健全な競争環境が必要です。改善を積み重ね、上層を引き上げていくと、教育格差の拡大を訴える人がいるかもしれませんが、機会の平等と結果の平等は違います。機会の平等が教育保証であり、そのために義務教育や公立校が存在します。

結果の平等を求めてしまうとそれこそ多様性がなくなります。改善を積み重ね、上層を引き上げる力学は必要です。機会の平等に関して言うと、一人一台の情報端末の普及は機会の平等を守るために必要不可欠なことでありますし、総務省とも協力しながらなんとか政策を成功させていきたいところです。

また話が逸脱してしまいましたが、PD領域に関していうと、日本ではSENSEI NOTEがこの領域に位置するかと思います。先生のナレッジを共有していき、各々の先生の指導の改善に活かしていったり、各々の先生が抱えている悩みを相談して解決していくという素晴らしいコンセプトです。

ただ、他の先生の教材の二次利用に関していうと、著作権の問題が生じるのかと思います。先生だけではなく生徒も同様ですが、教育界での著作権に関する理解や指導はまだまだ不十分です。CC(クリエイティブコモンズ)について学び、活用していくと、先生間での教材の二次利用がよりスムーズになったり、生徒間でもお互いの作品の二次利用が進んだり、二次利用のために交渉をするという体験も生まれるかもしれません。著作権に関する啓蒙活動はまだまだ必要だと感じます。

他にも、前述したEducreationsShowMeなどで動画講義を作成し共有すると、先生が他の先生の動画を見て自分の授業に活かせたりもできるようになるわけです。この領域もまだまだいろんな解決策が残っていると思います。

4. タブレット端末やネットワーク環境などのインフラ整備の課題

3章で紹介してきたように、様々なソフトウェアを利用すればこれまで解決されなかった課題が解決される余地があることはわかりました。次は少し視点を変え、それらのソフトウェアを利用するために必要なハードウェアやネットワーク環境の整備を進めていくために解決していかなければならない課題や、現在議論されてる論点などを紹介していこうと思います。

4–1. 生徒に適切なデバイスとは

佐賀県の全県立高校でのタブレット端末導入や、東京都荒川区や佐賀県武雄市の全小中学校でのタブレット端末導入など、このようなニュースを耳にする機会も増えてきたと思います。ご存知でない方のために補足しておくと、公立小中学校を管轄しているのが区や市町村、公立高校を管轄しているの各都道府県の教育庁や教育委員会となっています。公立高校と公立小中学校、そして学校法人が運営している各私立校、大きくこれらの3つのユニットがあると考えてください。

各自治体や各学校の導入目的やポリシーによって生徒に適切なデバイスは違ってくるのですが、小学校、中学校、高校とセグメントによって適切なデバイスが分かれてくるといった見方も最近はよく見受けられます。小学生の場合、基礎的な知識が不足しているから直感的なインターフェースでインプットに適したタブレット端末、高校生の場合、資料作成やプログラミングなどアウトプットを求められる機会が多いからキーボードの付いたラップトップといった考え方です。

小中学生の場合、破損させてしまうトラブルに遭う機会も多々あるので、ハードカバーをどれにするかという観点もあります。僕自身もそうでしたが、業界外の人からすると、こんな悩みもあるのかと少し驚かれるかもしれません。長くいればいるほど、文教領域の特殊な事情を知ることとなります。

具体的なデバイスの選定ですが、本来コストパフォーマンスの高さで決めるべきです。ですが自治体でのデバイス選定においては、予算の制約やコスト意識が強過ぎるあまり、パフォーマンスの観点が疎かになりがちという点が悩ましいところです。政治やビジネスの動きで選定されるデバイスが出来レースのように決められていたり、急に変更されることも見受けられるので、まだこのあたりを詳しく知れていないのですが闇が根深いなと感じています。

ではデバイスのパフォーマンスをどのように評価していくべきかというと、実際僕らがそれぞれ日常や仕事で自分の好きなデバイスを使っていてそれぞれ違っているように、各々の嗜好や主観に依るので客観的な評価は難しいなと思ってます。こう言ってしまうと元も子もない話ですが。

これは完全な僕の主観になってしまいますが、タブレットを選ぶ場合iPad一択だなと思います。AndroidやWindows端末だとデバイスの数が多過ぎて対応が困難な上、ビジネスモデルに課題が多い文教市場では全てに対応すると割に合わないとデベロッパーが判断してしまいます。そうなるとiOSで使えたはずのアプリケーションが使えず、現場が困ります。ビジネスモデルの課題については5章で言及します。

アプリケーションやソフトウェアが不足した状態で政治力で中途半端なデバイスを導入すると、トラブルが続出して現場が混乱し、導入したものの使われなくなってしまうという事態に陥ります。すると成果が出ず、失敗の烙印を押され、後発が続かなくなってしまうということになってしまいます。黎明期の現在こそ、多少コストをかけてでもパフォーマンスの高いデバイスを選定していくべきです。

次にラップトップを選定する場合どうするか。これも完全なる僕の主観ですが、予算が十分にあるならMacBook、予算が限られているならChromebookです。MacBookを導入する学校は、ほとんどが私立校になると思いますが、公立ならコストパフォーマンスが抜群に高いChromebookだなと思います。

Chromebookを導入する場合、ブラウザベースのサービスのみを活用していくことが前提として授業がデザインされていますし、ブラウザで使えるサービスも多いので混乱が生じることも少ないのではないかと思います。Chromebookを選ぶということは、Google Driveのようなクラウドストレージを活用していく前提であるということもポイントが高いです。クラウドサービスやクラウドストレージの活用についてポリシーが定まっていない自治体が多いので。

また、ラップトップを選定する学校の多くは高校であると思います。高校生の場合、多くがスマートフォンを個人の端末として保有しているので、それを活用すれば写真や動画を撮影して共有することもできますし、スマートフォン対応しているサービスやアプリもそのまま活用できます。

BYOD(Bring Your Own Device)についてどのように考えるかにも依りますが、生徒が既に端末を持っているのだから、それを活かさない手はないじゃないかという考えも最近はよく見受けられており、僕も同じ考えです。事実、現在ednityへのアクセスの50%はスマートフォンからであり、公的なデバイスを導入していない公立高校での利用も非常に多いです。ネガティブな側面を気にし過ぎるあまり、何もしないでただ禁止するということは、今の生徒たちからテクノロジーの恩恵を受ける機会を奪っているということでもあります。

4–2. BYODを実現するためには

個人により最適だと思うデバイスが違うということを前提とすると、最終的にはBYODになることが理想的ではないかと考えます。BYODを実現するための課題は、学校で使用するソフトウェアが特定のデバイスにおいて利用できないことと、予算や費用をどう捻出するかのこの2点かと思います。

学校や自治体からすると失敗をできるだけ小さくするために、最初は一つのデバイスで統一したいというのが本音であると思います。それは当然の心理で、最初に統一して導入を進めるのは間違いないプロセスです。BYODを実現するにしても、3~5年経過した後、卒業生の輩出を経験して次第に移行していくこととなるはずです。

3~5年後には主要なソフトウェアも固まってきたり、デバイスによって利用できないという格差もほとんど解消されているはずです。そのときには、いくつか学校や自治体で生徒が選べるデバイスを選定し、どれを購入するかは生徒個人に決めてもらうという形が良いのではないかなと思います。学校や自治体が生徒一人一人に予算を割り当て、その予算も少なくともChromebookなど選択肢の中で最低一つは購入可能な金額にします。MacBookなど高価なデバイスを購入したい場合、不足分を家庭で補うという具合です。極論で雑なアイデアかもしれませんが、いずれにせよ学習者である生徒が使いたいデバイスを使えるようにする環境を実現することを最優先に考えるべきです。

4–3. WiFiモデルかセルラーモデルか

タブレット端末、デバイスの調達だけでなく、ネットワーク環境をどのように構築するかという課題もあります。これまでは、校内のWiFiを整備し、生徒が使用するデバイスはWiFiモデルであることが基本でした。しかし、茨城県の古河市が、日本で初めて自治体としてセルラーモデルのiPad Air2の導入を決めました。NTTドコモ、KDDI、Softbankのキャリア三社で入札を行い、最終的にNTTドコモのLTE回線を利用することになっています。

セルラーモデルは当然月々の通信料というランニングコストがかかりますが、イニシャルコストを抑えられること、すぐに利用を開始できること、各家庭のネットワーク環境を気にする必要がないという利点があります。

ネットワーク環境の整備については僕個人として詳しくはないのですが、一つの学校のWiFi整備には莫大な費用がかかります。部分的に整備を進めていったり、校舎全体に行き届くまで数年かかったりもします。WiFiモデルだとランニングコストがかからなくとも、一部の場所でしか利用できないという、モバイル端末であるのに携帯できないという実情があったりもします。

平等性を大事にするお国柄でありますし、都市部と地方で家庭内のネットワーク状況に格差があるという状況からも、セルラーを選択すると懸念点が全て解決されるということも大きいです。

全ての自治体が同時期にインフラ整備を行う必要はないですし、そもそも同時に進めることは不可能です。キャズムを越えるまでは多少コストをかけてでも成功事例をつくっていくことが重要です。中短期的な視点だけでなく、長期的な視点も持つと、武雄市の選択よりも古河市の選択の方が合理的であると言えるのかなと思います。もちろん予算の制約がありますが、早期に実践する自治体をしっかりとサポートしていくことが国にも求められることでありますし、他の自治体が続いていくために重要です。

文部科学省の資料によると、現在タブレット端末の導入を進めている自治体はこれだけあるそうです。個人的な見解ですが、現在は私立校も含めると、キャズム理論でいうイノベーターにあたる学校の環境整備が完了し、アーリーアダプターにあたる学校や自治体が今から2~3年かけて整備を進めているような状況であると考えています。現在は投資期間と言えますし、この図に記載されているような自治体は、リスクを取ってしっかりとした環境の整備を進めていって欲しいです。

4–4. ICT支援員の雇用の確保

タブレット端末やネットワークだけでなく、スクリーンやプロジェクタ、Apple TVなど整備する必要のある機器がありますが、それら以外にも教育の情報化を実現するために欠かせないのがICT支援員の存在です。

2010年から3年間かけて、文部科学省と総務省で「学びのイノベーション事業」「フューチャースクール推進事業」を実施しました。モデル校を選定し、インフラ環境を整え、2020年の変革の年に向けた実証研究を行いました。概要をつかむために、総務省の資料を参照してみてください。

補足ですが、教育分野における文部科学省と総務省の役割の違いは、ソフトとハードだと考えてもらうと良いかと思います。文部科学省が学習目標や教員の資質などを整え、総務省がインフラを整備することに責任を持つといった具合です。

実際は文部科学省の学びのイノベーション事業は、一年遅れてフューチャースクール推進事業に合流し、2012年度で終了せず2013年度も継続されました。Ednityを創業したのは2013年なので、僕自身モデル校のうち徳島県の東みよし町立足代小学校と、三重県の松坂市立三雲中学校の公開授業に参加することができたので、どんな実践を行ってきたのか、その一部を直接見ることができました。

三雲中学校で聞いた話を今でも鮮明に覚えています。三雲中学校の先生によると、教職員はICTに強いわけではなく、自身のことを素人集団であると語り、これまでの実践はICT支援員の方がいなければ不可能だったと言っていました。

ICT支援員の方の話が非常に印象深かったのですが、最初の頃は先生たちの質問は、機器そのものの使い方についてが多かったそうです。ちなみに三雲中学校はiPadで、モデル校によってデバイスが違います。それが次第に授業でこういうことをしたいのだけど、良い方法がないかという相談に変わってきたそうです。

支援員の方も先生たちとの距離感の保ち方や、コミュニケーションの取り方を大事にしていた様子で、いかに現場の先生との信頼関係を築くかが重要だと述べていました。ちなみに支援員の方は女性の方で、おそらく大学を卒業したばかりではないかと思われる若い方でした。

当時は、学びのイノベーション事業が終了すると、ICT支援員の方を雇用する予算がつかなくなるので、その予算をどう確保するかが課題だとおっしゃっておりました。黎明期である現在こそ、ICT支援員の存在は重要です。しかし、ICT支援員まで予算が回らないのが実情であると思います。ここは国の政策としてではなく、企業側の力が必要な領域ではないかと考えているところです。

最近では各学校で、ICT委員ができたりと、生徒の力を借りていくことを制度化して行っているところも増えています。現場にナレッジを蓄積させていくためには、立ち上げ時であればあるほど企業によるサポートと各学校の工夫が重要です。

5. ソフトウェアの課題

3章でテクノロジー、ソフトウェアを活用してどのようなことが可能になっていくのかについて触れましたが、ここでは現状のソフトウェアはどうなっているのか、ソフトウェアの市場についての課題を考察していきます。

5–1. 複雑過ぎるソフトウェア

タブレット端末やスマートフォン以前、ラップトップPCが活用されるようになったことにより、学校現場には校務支援システムが導入されるようになりました。試しに、Googleで「校務支援システム」と検索し、1ページ目に表示されるウェブサイトを一通り目を通してみてください。

ご覧の通りどのサービスも多くの機能が盛り込まれ、非常に複雑なインターフェースです。実は、よく見ると多くは他のサービスで代用できます。多くはGoogle、Apple、Microsoftのサービスで代用できます。ドキュメントなどのファイル管理はDropbox、Google Drive、Boxあたりでしょうか。その他はコミュニケーションサービス、出欠管理サービス、成績管理サービスなど、それぞれ特化したサービスで補えます。多くのサービスは無料、あるいは良心的な価格であり、ほとんどのOSやブラウザに対応しており、アップデートも頻繁に行われています。さらに先生個人からも利用できるため、気軽に試用することができます。

一方、校務支援システムの多くは学校や自治体とのライセンス契約で一括で導入する選択肢のみであり、聞くところによると、価格もオープンプライスと称し、高額で現場からの不満の声が上がっており、ほとんど使用されずに終わるそうです。

3章でも触れましたが、校務支援システムやLMSのようなサービスは、スマートフォンやタブレット端末といったスマートデバイス、モバイルデバイスに合った思想では設計されておらず、PC起源の設計思想となっています。

Facebookを例に取ると、理解しやすいかもしれません。FacebookもPC起源の設計思想であり、一つのソフトウェアであらゆる目的を果たす機能を提供しています。そのようなソフトウェアにユーザーが集まりプラットフォームとなり、Facebookを介してゲームなどいろんなサービスを利用できるようになりました。

しかし、モバイルからの利用が増えると、細切れの時間での利用が増えることにより、一つのアプリケーションで多くの機能を必要としなくなりました。また、画面も小さくなったことで、多くの機能が組み込まれたアプリケーションには余計な情報が多く、複雑で使いにくいと感じ取られてしまいます。

Facebookはそのことに気付いており、Paper、Messenger、Groupなど機能毎に独立したアプリケーションをリリースしました。結果として、もともとのFacebookのアプリケーションを利用する人は減り、各Facebookのアプリでの体験が向上したと思います。

スマートフォンやタブレット端末といったモバイルデバイスの利用が学校で増えてくるということは、ソフトウェアも同様に各機能に特化したスタンドアロンのアプリケーションになっていくべきです。

3章で4つのセグメント毎にいくつかサービスを紹介してきましたが、各用途毎のサービスが登場してきている背景にはこのような理由があると考えています。

5–2. シンプルな課題をシンプルに解こう

先ほどの校務支援システムが解こうとしている課題は何でしょうか。「校務を効率化すること?」「校務とは?効率化するとは?」

校務を細かく分解すると、そのうち一つはこのように定義できます。

「情報を伝達すること」

この情報の伝達をいつでもどこからでも確実に行えるようにすることが、ednityとして解決しようとしていることです。

課題の定義はこれだけシンプルにする必要があります。公教育の世界に飛び込んで2年が経過しましたが、この世界にはシンプルな課題をシンプルに解こうとしてしている人たちが非常に少ないと感じています。

原因の一つは、デザイナーが圧倒的に不足していることです。Ednityを創業する以前、学校の先生とのつながりが全くありませんでした。創業前にスタンフォード大学のd.schoolのブートキャンプで学んだデザイン思考のアプローチを活かし、全国を飛び回り数多くの先生たちと出会いました。それらの対話の中で、彼らの抱えている課題の数は想定していたよりも少なく、少数のシンプルな課題に集約されてくることに気付きました。それらの課題が生じている背景は、これまで言及してきた通り非常に複雑でしたが。

その学びを得るまでには4~5ヶ月程要し、当初はednityも複数の機能を持ち合わせた複雑なソフトウェアでした。その後、不必要だと判断した機能を全て削っていったことが、現在現場の先生たちに受け入れられた要因だと考えています。その中には支持されていた機能も含まれていましたが、新たに固まったサービスの思想哲学に則って削ったことは英断だったのではないかと思います。

シンプルな課題定義をする前に、機能開発を進めたことで無駄なコストを発生させたことは反省すべき点で、今後の改善に活かさなければならないことですが。

もう一つの原因が、公教育の世界に存在しているプレーヤーが伝統的にこの業界に携わっている企業か大企業しかいないことにあります。

もちろん、彼らにしかできないことはたくさんあります。しかし、アセットを持ち合わせているがためにできないこともたくさんあります。例えば、教育出版社などは、教科・科目の学力をどのように向上させていくかを追求してきました。学習指導要領の改訂により、これまで追求してきたことに固執せず、方向性を変えていく必要があるでしょう。

また、校務支援システムのような学校向けのシステムを提供してきた企業は、ライセンス契約が基本でした。デモ利用ができるとしても、現場の先生が個人で使い出し、それが草の根的に広がるといったボトムアップ式の変化を生み出すことができないモデルです。

以前TechCrunchに、「テクノロジーでトップダウンに教育を破壊することはできない」という記事がありました。基本的にアメリカの事情ということもあり、個人的に完全に同意というわけではありません。ただ、タイトルにあるように、いきなりトップダウンでは僕らが見たい変化を見ることはできないと考えています。

学校現場が変わっていくためには、入り口として、熱量の高い、強いリーダーシップを兼ね備えた先生たちを主導としたボトムアップの動きが必要です。日本においてはその動きが数年続いており、これまで全国各地で起きていた一揆が、ようやく政策に結びつき始めてきたという段階かと思います。

あと1年から1年半、このボトムアップの動きを続けていくと、現場でリーダーとなれる先生が必要数育ってくるのではないかと考えています。学校や自治体に10~20%程のリーダーとなる先生がいなければ、いくら政策としてトップダウンで推し進めても失敗に終わってしまいます。一方、一定割合以上のリーダーがいれば機能するはずです。

リーダーが育つためのプロセスにおいては、先生個人でフリーで利用できるソフトウェアが必要です。しかし既存のプレーヤーの組織構造上、彼らは短期的に収益を上げていかなければならないので、フリーでソフトウェアを提供していくことが難しいです。代わりに、外部資金、リスクマネーを調達して初期に赤字を掘れるスタートアップの参入が必要です。

しかし、日本で公教育に参入しているスタートアップは片手で足りるくらいで、アメリカと比べると圧倒的に数が足りていません。公教育の既存のプレーヤーと比べると、スタートアップを立ち上げるエンジニアやデザイナーのソフトウェア開発スキルは圧倒的に高いので、彼らが創る品質の高いソフトウェアが市場に流れ込まなければならないと感じています。次にそのためにどんな課題を解決していく必要があるのか考察していきます。

5–3. 健全な競争環境の構築

  1. 公教育に関する情報の不足
  2. 閉鎖的な市場環境
  3. 持続可能なビジネスモデルの構築

まず一つ目が、「公教育に関する情報の不足」です。このエッセイはこの課題を解決するために書かれてあります。公教育の現状を知り、どんな課題があるのかを理解し、その課題を解決する彼らが欲するサービスを開発する人が増えなければなりません。教育はレガシーな市場の一つとしてカテゴライズされると思いますが、レガシーな市場の負が解決されにくい共通の理由には、情報の不足があると思います。最初の一人は情報が不足する中でも、情熱を持ち泥臭く情報を獲得していく必要がありますが。

教育に問題意識を抱えている人が数多く存在しているにも関わらず、公教育の中に入り込もうという起業家が少ない理由には、起業家の思い込み違いも少なからずあるかと思います。やるからには当然事業として成長していかなければならないのですが、現場に泥臭く入り込むことをせずに、公教育は難しいと判断している人が多そうだという印象を受けます。気持ちはわからないでもないですが。

二つ目が「閉鎖的な市場環境」です。通常、学校や自治体に商品を納品する場合、入札に参加して落札する必要があったり、ベンダーを仲介する必要があります。入札に参加するためには各自治体毎に事業者登録が必要で、この時点でスタートアップのような新興企業が新規参入をするハードルが上がります。

入札の際に各自治体で仕様書を作成し、必要な機能やスペックなど条件を決めるのですが、自治体自身で仕様を決める力がない場合、そこに入り込んだ企業がサポートし、競合が入り込めない条件を組み込んで出来レースのようにしてしまうという話も耳にします。真偽はわかりませんが。

このことはソフトウェアに関しても同様です。そもそもインターネットサービスは、インターネット環境さえあれば誰でも利用できるはずであり、インターネットビジネスの本質は中間マージンをなくすことであると考えているので、最近までは納品という概念を僕自身理解できていませんでした。

どうやら学校や自治体としても、昔から付き合いのある各地域のベンダーを介した方が安心という心理も働くそうです。タブレット端末の納品に関しては、MDM(Mobile Device Management)への登録、アプリケーションのインストールなどキッティング作業が必要となるため人の手を介さなければなりません。ここも文教ならではの事情でしょうか。

現場の先生たちが学んでいくための機会を提供するために、先生個人で利用する場合はフリーでサービスを提供し、学校や自治体全体として導入する場合に有料でサービスを提供するのが現実的な解ではないかと思います。

入札への参入障壁の高さ、ベンダーを介さなければいけないことの課題として、品質の悪いソフトウェアが無理矢理導入される可能性があることです。その事態を避けるためには、学校や自治体が必要なソフトウェアを判断する力を養い、スタートアップのような新興企業が信頼を獲得する努力も必要でしょう。

学校現場がより良くなるためには、現場が求める品質の良いソフトウェアが選ばれる健全な競争環境を築くことが必要です。

個人的にここ最近で最大の学びなのですが、文教におけるベンダーというプレーヤーの存在感の大きさは、決してマイナスにしか働かないわけではありません。学校や自治体が欲しがる良い製品を創ることができれば、彼らのネットワーク力により、彼らが懸命に販売してくれます。スタートアップのような新興企業にとっては、彼らとの良質なパートナーシップを結んでいくことも重要です。

三つ目が、「持続可能なビジネスモデルの構築」です。学校や自治体から徴収する、いわゆるBtoBのSaaS型のようなビジネスモデルでは、積み上げていってもアップサイドが限られる上、その限定的なパイを分け合わなければならないので参入できるプレーヤーの数も限られます。

この市場の最大の特徴の一つは、エンドユーザーと決裁権限者が違うということです。現場の先生が使いたいと思っても、決めるのは学校の経営層や自治体です。これでは多様なニーズを吸い上げることができません。金額の制限があるとしても、現場に決裁権限が落ちていくべきだと考えています。

このことはいわゆるC向けサービス、校外学習市場についても同様です。エンドユーザーは学習者である生徒ですが、決裁権限を持っているのは保護者です。教育出版社などは、どうやってサービスの価値を伝えていくか、効果的なマーケティングチャネルの獲得に苦労しているのではないかと思います。

エンドユーザーが直接アプリケーション、サービスを購入でき、それが事業者や開発者にしっかり還元される仕組みを構築していかなければなりません。

SpotifyApple Musicに代表される、音楽ストリーミングサービスのサブスクリプションモデルは大きなヒントなのではないかと考えます。そのビジネスモデルが音楽ソフトの市場で本当に機能するかどうかは別の話ですが、プラットフォーマーが再生数に応じて売り上げを還元するという仕組みは、曲の人気があればその分リターンが増えることを保証しているので健全な状態であると言えます。

具体的にどのように教育分野に適応するかというと、先生や生徒が自由にアプリケーションをダウンロードできるマーケットプレイスを構築し、ダウンロード数に応じてデベロッパーに還元します。入学時に教科書など学習に必要なものをまとめて購入するので、その時にマーケットプレイス利用料を在籍予定年数分をまとめて徴収します。その後は先生や生徒といったエンドユーザーは無制限にダウンロードできるので、無料であるかのような感覚で使いたいサービスを利用できます。

優良デベロッパーに対しては最低保証の契約を結ぶことも可能ですし、ダウンロード制限を設けたり、追加購入枠を設けたり、ダウンロード数ではなく利用時間をトラッキングするなどして、還元する条件を変えるなど様々な工夫が必要ですが、このようなマーケットプレイスにより健全な競争環境を築くことができれば、良い製品が市場に流れるようになり、使われるサービスの事業者はしっかり収益を持続的に上げれるようになります。

しかし、公教育はその名の通り、非常に公共性の高い領域なので、私企業の意図が必要以上に反映されるのも問題があります。マーケットプレイスを構築する事業者は複数存在しても問題なく、そこには競争があるべきですが、参入事業者は国からのライセンスを認定されるなどの制度が必要なのではないかと思います。以前に総務省で議論したときはこのような結論になりました。

より良い学習環境を築くために、良いサービスが必要としている人に届き、サービス提供者が相応の収益を上げていける環境の構築が必要です。そのためには数多くの関係者の協力が必要不可欠なので、僕自身、リーダーシップを取り健全な競争環境の構築に尽力します。

6. 保護者や地域と学校の関わり

ここからは話題を少し変え、保護者や地域の人々が、学校とどのように関わっていけばより良い学習環境を築いていけるのかを考えていきます。

6–1. 部活動や課外活動における役割分担

2章で紹介したTALISでも明らかになった通り、日本の学校の先生が課外活動の指導に使う時間の長さは、調査対象国の中でもダントツの長さです。この時間を保護者や地域の人々と分担できるようにしなければなりません。この状態で新たな授業スタイルの探求をしていったり、保護者が学校の先生へ強い要求をするのは酷であると言えるでしょう。

とは言え僕自身、この課題への解決策は、保護者の意識を変えていくための啓蒙活動と、大々的な政策を行っていくことくらいしか思いつきません。何か良いアイデアがあれば聞いてみたいものです。僕が親しくしているある私学の先生は、学校改革に尽力しているため、部活動の指導が疎かになり、保護者から苦情が来ていました(笑) 結果として顧問を外れたようであり、学校改革や新たな課外活動に集中できるようになったようです。

6–2. 地域と関わるオープンな学校創り

早期からednityを利用頂いている千葉県立袖ヶ浦高等学校は、2011年度から情報コミュニケーション学科を新設し、日本の公立校で初めてBYODでiPadを導入したことで知られています。

個人的には、袖ヶ浦高校のICT活用の在り方は、ednity以外にもDropboxやEvernoteなど基本的に無料のクラウドサービスのみを利用していることと、その活用スタイルが理想的で、他の公立学校でも適応できそうな再現性の高いやり方だと思って見ています。

どのソフトウェア、ツールを使っているかということ自体は重要ではなく、まずは何より生徒がiPadやアプリケーションを必要なときに必要なものだけを文房具と同じような感覚で自然と活用しています。

ここまでは、既にICTを柔軟に上手に活用している学校で見られる光景なのですが、袖ヶ浦高校の情報科の特徴は、2年生と3年生で行われるグループプロジェクトにあると考えています。

まずは昨年の秋に行われた公開研究会の様子をこちらからご覧になってください。3年生の課題研究では、日常の関心のある課題を見つけ、ICTを用いてどのように解決していけるかをチームで取り組んでいきます。ポスターセッションやプロトタイプのデモを、一般の来場者にプレゼンしていきます。そしてその後、卒業論文という形で論文形式でまとめていきます。

聞く限りでは、大学の実践内容と何ら変わりはないと思います。あるいは大学よりもレベルの高い取り組みがなされているかもしれません。文部科学省の定義している「アクティブ・ラーニング」を体現している一つの好例であり、多くの学校がこのスタイルで実践していけるのではないかと考えています。

さらにこの取り組みが素晴らしいと感じている点は、地域の人々や僕を含めた外部の人たちと積極的に関わりを持っているところです。課題発見、課題解決のプロセスで、生徒たちは地域の施設や人々を訪れ、ヒアリングを行ったりしていますし、僕ら外部の人々を招くことで、生徒は学校の先生以外からフィードバックを受ける機会を得られます。

生徒の視点に立ってみると、普段指導を受けている先生からフィードバックを受けるよりも、多様な経験を持つ外部の人々からフィードバックを受けると感情的にも刺激になり、多様な視点を得られるようです。

学校に関わりを持ちたくてもその機会がないと感じている人々は数多くいると思います。多くの学校が地域に開かれ、地域の人々が学校と密接に関わりを持つようになると、学習環境が大きくアップデートされるのではないかと考えています。

6–3. いじめや犯罪を防止するためには

学校の中で最も深刻な課題の一つであるいじめや犯罪についてです。これらの問題を未然に防ぐためにも、学校の先生と保護者や地域の連携が欠かせません。

僕自身この問題に対して専門家でもなければ、深い洞察を持ち合わせているわけでもありませんが、いじめや犯罪が起こる前には、必ず生徒には何らかの前兆が見られるのではないでしょうか。その変化を見逃さないこと、どんな些細な変化でも共有することが防止策として有効なのではないかと思います。

学校の先生は少なくとも担任を受け持つ学級の生徒だけで1人で40人程の生徒を見なければなりません。一方、両親がおり、子供が1人しかいない場合、2人で1人を見れます。変化に気付ける機会は、保護者の方が当然多いわけです。

とは言え些細なことで逐一先生に電話をするにも保護者としても気が引けますし、気軽に変化を伝えることができるコミュニケーションチャネルの必要性を感じます。

悩みを抱えていて誰にも相談できないような生徒側に、そのサインを発信する手段も同様に必要です。この課題の解決については、ednityとして何とかすべき問題ではないかと勝手に責任を感じています。

6–4. モンスターペアレント問題の解決のためには

モンスターペアレントという言葉自体、本来使用することを控えたいほど嫌いな言葉です。保護者としても彼らの子供のことを想っての行動だと推測できるからです。

僕自身、子供もいなければ結婚しているわけでもないので、全てが生意気に聞こえてしまうかもしれないですが、一歩引いて冷静になり、少しの思いやりを持って相手の立場を考えてから行動して欲しいなと思います。

この問題の解決策としては、学校現場の改善が強いリーダーシップを備えている先生から始まるように、強いリーダーシップを備えている保護者の方が一定数出てくることが考えられるのではないかと思います。保護者間でも、相手からどう思われるかを気にする事情もあり、最初の一歩を踏み出すことは非常に勇気のいる行動であると思います。保護者の中のリーダーたちが結束し、一つのチームとなればそれが抑止力になるのではないかと思います。

僕自身、PTAがどのような仕組みで成り立っているのか全然わからないのですが、いろんな話を伺ってみたいです。いずれにせよ、保護者や地域の人々の協力が、より良い学習環境を築いていくために欠かすことができません。

7. 高等教育はどうあるべきか

最後に、大学などの高等教育について考えてみます。1章で言及した通り、大学入試制度が変わります。それに関連して、「高大接続改革実行プラン」も策定されました。高等学校教育と大学教育を一体的に改革を進めていくために練られたプランです。国としての政策も動いており、ここまで読み進めて頂いた方には、少なくとも本気で教育改革が進んでいるということが伝わったのではないかと思います。

中学校卒業後に比べると、高等学校卒業後の進路選択はより多様になります。ですので、高等教育はこうあるべきという一元的な考え方はそもそもナンセンスです。ここからはあくまで僕自身の偏った主観であり、一つの考え方であると捉えて読み進めて頂きたいです。

7–1. 高等教育機関の存在意義とは

大学などの高等教育機関が果たすべき役割はどんなことでしょうか。大学に対する期待値は人により様々であると思います。ある人は、漠然とした興味分野で大学や学部を選んでいるかもしれません。またある人は、教員や医師など特定の免許が必要な仕事をするためなど、明確な目標を達成するために必要な過程として捉えているかもしれません。一度社会に出てからある分野に興味を持ち、この分野について深く探究したいと考え大学に進む人もいます。

僕自身もそうでしたが、多くの高校生は漠然とした考えで大学に進学していると思います。ここではそのような人々を便宜上多数派とします。一方、明確な目的意識を持って大学へ進学する人々は少数派なのではないでしょうか。この少数派の人々は、大学進学者として理想的な形であり、大学在学中の学習体験も非常に良いものになるのではないかと考えます。

その前提のもとでは、高等教育の体験を向上させるためには、多数派の体験を向上させることと、多数派を大学進学前に少数派へ変えることの二つの方向性が存在します。

多数派は基本的に学ぶことに対して受動的です。しかし何らかの出来事をきっかけにあることに興味や関心を持ち、学んでみたいという気持ちを抱くこともあります。そのきっかけとなる出来事の多くは人との出会いであることが多いのではないでしょうか。大学生活を振り返ってみると、自身のターニングポイントと言える出来事はある人との出会いだったという人が多い気がします。

僕が考える大学の存在意義の一つは、「受動的であっても新しい人と出会うことができる」という点です。必修の授業に出席している時点で能動的と言えるかもしれませんが、明確な目的意識を持たなくても授業に出席すれば誰かしらと出会う機会を得ることができます。より良い出会いを積み重ねていくことが、自分の関心を広げていったり、深めていく行動を起こすきっかけとなる場合があります。

基本的に大学の学問は、受動的である状態で受けても、ほとんど役に立たないのではないかと思います。仕事に直結するかどうかという観点では、能動的であっても多くは役に立たないかもしれません。資格を取得するのに学位が必要な仕事を除き、大学を就職予備校として期待するのであれば、大学には進学しなくていいとも考えています。

中学校や高校の中等教育では、とりわけアクティブ・ラーニングが注目を浴びていますが、高等教育の全ての授業が20人以下の規模でのアクティブ・ラーニングのスタイルであることが理想なのではないかと思います。実際僕が受けた授業で意義深かったと感じたのはゼミを含めたそのようなスタイルの授業でした。

先日、オランダで活躍する日本人サッカー選手のインタビュー記事を読みました。その中で、私生活についての話題があり、そのサッカー選手は選手をやりながらUEFAが提携しているデンマークの大学の通信教育を受けていることに驚きました。また、その指導スタイルはまさに高等教育のスタンダードであるべきやり方だなと思いました。以下は記事の引用です。

――普段の生活は?
僕は学生もやっています。全部それは英語です。
――学校へ行ってるんだ。
はい、デンマークにあるんですけれど、UEFA(欧州サッカー連盟)が提携している大学です。ヨーロッパでもサッカー選手のセカンドライフを考えるというのが重要になってきていて、UEFAも今それに力を入れてます。僕も勉強したいタイプなので、コンタクトを取ったらデンマークに英語で授業をする大学があると言われて、試験に受かってからスポーツマネジメントを学んでいます。
――通信教育?
そうです。オンラインです。学校側が教授のレクチャーを1週間まるごと撮っておいて、毎週月曜日にアップロードします。それを自分たちで勉強して、テストを受けます。その試験が、一つ企業を選んで財務諸表を探し、損益計算書や貸借対照表を分析してレポートを出す。そこまでが出題から24時間以内。それから質問が来て答えを出す。2週間後にスカイプで口頭試験があって突っ込まれる。結構、きついですよ(笑)。
――自分の大学時代を振り返っても、今の話はかなりレベルが高い。
方法が違いますからね。僕も16年間日本にいたので、ほぼ日本人じゃないですか。日本の教育のまんまヨーロッパに来たので、最初はこの方法は難しいなと思いました。全然自分の主張ができず、日本人らしいところが出てしまった。でも最近は少しずつ慣れて、良い勉強ができていると思います。グループワークにはサッカー選手もいますよ。
――これはサッカーにも生きるね。
本当に生きると思います。まったく変わってきます。日本人から脱却して自分を主張していかないと。

彼自身は、サッカー選手であるのでサッカーだけに集中する選択肢もあったはずです。その環境の中でも高等教育を受けるということは、明確な目的意識を持っており、能動的に学んでいるということになります。

現在ではMOOCs(Massive Open Online Courses)の登場により、誰でも高等教育の内容を学習することが可能となりました。著名なサービスでは、CourseraedXUdacityなどが存在します。

MOOCsについて語られる場合、どのように学習者のモチベーションを維持させるかが課題として挙げられます。しかし、そもそも高等教育の内容は、強制的に学ばされる前提では身に付かず、能動的であることを前提として考えるべきではないかと思います。

中等教育以前でも同様の課題が挙げられそうですが、おそらく中等教育は入試という外的動機付けとなるものが存在するということ、内容がそれほど複雑でなく専門性を要しないということから、高等教育ほど深刻な問題ではないのかもしれません。もちろん、先生には授業の内容にいかに疑問や関心も持たせることができるかというスキルが必要とされますが。

いずれにせよ、大学はカリキュラムなどソフトの面をどう改善するかという課題もありますが、MOOCsなどの存在により学習意欲さえあれば実はどうとでもなります。それよりもハードの面、受動的であっても新しい人と出会う機会を持てるということに価値があると考えます。月並みな意見ですが。

7–2. キャリア教育について

受動的な学生が多数という前提では、受動的から能動的に変えることが重要です。そのためには人との出会いが最も効果ありそうだと言及しました。大学などの高等教育機関に最も求められるのは、業界の第一線で活躍しているプロフェッショナルとの出会いの機会を創ることではないかと思います。

このことは中等教育以前にも同様のことが言えます。例えば、小学生の頃の卒業文集に将来の夢を書く欄があった人も多いのではないでしょうか。僕の周囲は男の子であれば野球選手やサッカー選手、女の子であればお花屋さんやケーキ屋さんなどありきたりな回答が多かったです。

そもそも「将来の夢=職業」ということはさておき、そのような傾向が見られる理由は、単に家族や身の回りの人々か、テレビに出ている人くらいしか大人を知らなかったからではないのかと思います。

子供は多感で好奇心も強いので、早い時期に様々なプロフェッショナル、かっこいい大人と出会う機会が数多く存在すれば、彼らの関心の幅を広げることが可能であると思います。

僕自身、何度かいくつかの学校で話をさせて頂く機会がありましたが、起業家になりたいと言ってきてくれた生徒が何人かいました。起業は手段の一つであることはさておき。

様々な分野で活躍するプロフェッショナルの人々を学校へ呼ぶためにはそれなりのネットワークが必要となりますが、例えば、キャリア教育の一環として、schooで興味がある内容の動画を学校の授業の中で見せる機会を設けても違ってくるのではないかなと思います。

3章でいくつかサービスを紹介したりもしましたが、中等教育以前、いわゆるK-12の領域では、公教育の中にしっかり入り込む必要がある、いわばBtoBのアプローチが必要です。一方、高等教育の場合は入り口としてはBtoCのアプローチの方が有効ではないかと思います。

K-12ではLife is Tech!のような課外活動のアクティビティによりリアル体験を提供するサービスもありますが、MOOCsも然り、より良い学習環境を築くためには生徒が学びたいと思ったときに学べる環境創りが必要です。その上で教育機関とも協力しながらどのように内的動機付けをデザインしていくか。現時点で高等教育を変えていくための解はそのアプローチです。個人的にそのアプローチで取り組んでいるように見えるschooに期待しています。

8. まとめ

ここまで読み進めて頂いた方はほとんどいないと予想していますが、とりあえず教育が大きく動いていそうだぞということは伝わったかと思います。教育をアップデートしていくためにはまだまだ課題だらけであり、多くの人々の力がなければ実現できません。

この文章を読み、たとえ一人の人でも教育の課題解決のために動いてくれる人が出てくれれば、書いた意味があったなと思います。この情報は間違ってる、この考えには反対、このことについてもっと知りたいなどありましたら気軽にFacebookなどでご連絡頂ければ幸いです。

また、事業を続けている中で新たに感じたことなどまとまればまだmediumで投稿していこうと思います。medium書きやすいです。最後までお付き合い頂きありがとうございました。