人生二度生きる

小さい頃に病院に行った記憶とか、幼稚園のときに友達と雨の中遊んで先生に怒られた記憶とか、印象的なものは思い出せる。しかし日常まで思い出そうとしてもなかなか思い出せない。

すべての日常を思い出すには物理的に同じ時間をかけて思い出すことができないのだから、人間は重要だと思うことだけ記憶しておき、後から思い出したときにまた記憶を上書きしている節がある。

一つの例として、4歳か5歳くらいに耳鼻科へ行った記憶がある。そもそも現在までの耳鼻科の治療体験ではあまり気持ちのいい治療はなく、どちらかといえば気持ち悪い、できれば受けたくない治療が多かった─ そんなバイアスがかかり、思い出すときはおそるおそるになるのだが、小さな耳に、ダイヤのような光る物体を入れ込み溶けるまで待つといった治療法だった。待つ間は耳に水が入って蒸発していくかのような感覚になり、しかも光が眩しいという感覚があった。

この記憶を思い出し始めたのは、中学生のときにちくのう症で耳鼻科に行ったときと、この間娘が生まれたので中耳炎の疑いがないか心配したときである。そういえば自分も小さいとき耳鼻科にかかったけどあれは、何の治療だったのか。

娘が出来たことで自分の小さい頃を思い返すことはとても多い。たとえば保育園活動、いわゆる保活の際、自分は幼稚園から、保育園に家庭の事情で転園した身であった。幼稚園のときには引っ越しのために、通園バスだったのが、徒歩通園になった。バスでは隣の席の友達と抜けた歯の穴が大きい方が勝ちという争いを毎日したものである。

どちらかというと保育園の方が記憶が蘇りやすい。年長になったのだから当然だろうが、弟も一緒に通ってたので、毎日楽しかった。それまで制服とバスケットだったのが、園児モックに代わり、あまり催しが無いのが特徴だった。カミナリの日は園児のテンションが最悪となる。血の気の多いタイプやたら叫び回るし、か弱い(アピール?)タイプの女の子はシクシク隅っこに固まってた。

こうやって娘の成長とともに自分の記憶をあさるのも新しい発見があったり、あのときこうしておけばとか、ならば今後はこうしようとかできるので、人生二度生きるチャンスだなとおもった。

参考: http://sanmarie.me/kosodate-again/