私は猫を飼っている。

古代エジプトで猫は神の使いだと考えられていたと聞いて、試しに神様への伝言を頼んでみたが、それを届けてくれたような気配はない。

猫などの動物は言語を持たないと言うが、(飯)くれ、はもちろんのこと、人間で言うところのやったーとかつまんねえぐらいは言っている。

言ってはいるが、人間同様に、猫によって嬉しい時の表現がわーいの猫と、ウヒョ〜の猫と、よっしゃぁぁーの猫がいて、同じ意味でも猫ごとにその鳴き声は同じでは無い。つまり、同じ感情でも表現の仕方は人間のそれと同じようにそれぞれに異なり、それが鳴き方の違いとなって表れる。鳴き方は個々に異なり、人間の言語のようにコミュニティごとに同じ鳴き方をしたりしない(いや…少しぐらいはしてるかもしれない。ネイティブでは無い私にその嗅ぎ分けができないだけで。)

猫の鳴き声の意味が書かれた書籍やウェブサイトを見かけるが、これらの多くは共通の定義を持つ言語というものを駆使する人間の物差しに合わせて書かれている。本当は一匹一匹に時間をかけて馴染まないと、それぞれが本当に何を言っているかは解らない。もちろん猫同士であってもお互い馴染むのには時間がかかるだろうと思う。そしておそらくこのことは、言語を使用する人間にも当てはまるのではないだろうか。

人間の社会において、人は安易に同調する(フリをする、その多くは己を利する目的のために、言語を用いて)。

しかし、本来馴染む、同調する、というのは、時間をかけて相手を思い量る、という共感を経なければ為されないものではないかと思う。


星の王子さま(LE PETIT PRINCE、青空文庫ではあのときの王子くんというタイトル)には、そんなことがわかりやすく書かれています。